I Did It All For You

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・セクシャルな仄めかしあり
・かすかにですが女性優位を思わせる言動少しあり
・設定ふんわり

 

I Did It All For You

 

ポツリ、ポツリとハンドバスボウルに垂らされた精油がお湯に溶け込むのを、見るとはなしに眺めていた。
柑橘と、花の混じった香りが鼻腔をくすぐる。

「ん、温度いい感じ。チアキ、片手いれて」

「ああ」

彼女に促されるまま、ハンドバスボウルに右手の指をくぐらせた。
空いた左手を彼女が引いて、入念に指先を見つめる。

「甘皮はちょっと押すぐらいで良さそうかな。いつもどおりやるね」

「任せるよ」

再会した彼女と俺とは、いわゆる半同棲の状態になってしばらく経つ。
そんな日々の中で、彼女が俺に望んだ事がひとつある。

「ねえチアキ。爪の手入れ、私にやらせてくれないかな」

「それは構わないけど。いったい、どうしたんだ?」

「あのね」

曰く、俺が彼女の部屋で爪を切った後、高確率で床にかけらが落ちているという。
また、俺のやり方はシンプルに爪切りで切るだけで、それも深爪気味なのが心配だとの事。

「実家にいた時から思ってたんだけど、男性の爪って硬くて。
踏んだり、靴下にひっかけるとあとが大変なんだよ。
深爪気味なのも心配だし、趣味と実益兼ねて私に手入れさせて欲しいな」

俺の自宅には、仕事の用事と週の半分程度寝に帰るか帰らないかで、ようは彼女の部屋に入り浸り気味だ。
滞在中に、つまらない迷惑をかけるのは頂けない。
また、彼女が”趣味”と称したとおり、この部屋にはネイルケアの道具が一揃いあるのだ。
是非もなく俺は頷いて、それは行われるようになった。
今日は週に一回のハンドケアの日だそうだ。
足の爪については伸びる速度が少し違うので、2週に1回程度だったと思う。

「チアキ、ふやけすぎる前に右手出して、左手いれて」

「わかった」

ちゃぷ、と水音を立てて引き上げた右手を彼女に取られ、丁寧にタオルで拭われる。
水気を拭き切ったところで、彼女は甘皮を押し上げる器具を取り出し、まず親指から手入れを始めた。

この作業をするために彼女の髪は高い位置にひとつでまとめられていて、
ほそい首のラインがよく見える。
うつむいて、真剣に俺の手元を覗き込むまつげの繊細な影に見惚れているのを、
彼女は知らないだろう。
たいていの場合、この作業が行われるのは彼女の風呂上がりだから、これだけ密着すると肌や髪からほのかな芳香を感じて、俺はドキドキして落ち着かない気持ちになる。
いや、やさしく手を取られて触れられている状況自体は嬉しいんだけどな。

「右手の甘皮処理終わったから、今度は左手出して」

「ああ」

言われるがまま濡れた左手を彼女に差し出して、右手と同じ工程が施される。
それが済むと、数種類のヤスリで爪の形を整えた後、表面を磨き上げて。
丹念に作業を終えた彼女は、仕上げにハンドバームを塗ってマッサージまでしてくれる。

「よし、終わり。綺麗になったよ」

「ああ、ありがとう。俺はいいんだけど、君は毎週大変じゃないか?」

作業工程も少なくないし、時間もかかる。
何となく調べたらサロンなんかで施術してもらうと、これはそれなりの価格を取られる内容だった。
それを告げれば、彼女はふっと口角を持ち上げてみせた。

「ああ、いいのいいの、好きでやってるし。
言ったでしょう、趣味と実益兼ねてるって」

「趣味はわかるけど、実益ってのがいまいちピンと来ないんだ」

「そうだね、実益は意外と多いよ?まず、床に散った爪を踏まずに済む。
あとはチアキが深爪にならないで済むし、私も伸びた爪の指先で触れられずに済むじゃない」

「!っ、ああ、そう、いう……」

「うん、そういう実益」

焦った俺と対象的に、余裕のある彼女ににっこりと微笑まれる。
彼女は、ことこういう話をするのにあまり衒いがない。
たまに、どぎまぎする俺を見て「初心だなあ」と物珍しそうにするのはやめてほしい。

「まだ、あるよ?虫除けにもなるって私は思ってる」

「虫除けって?」

「チアキの、だよ。指輪してなくても、その爪見れば彼女持ちだって、察しのいい人ならわかるもの」

「……それって」

「うん、独占欲と他の女性への牽制。ほら、実益が計り知れないでしょ」

俺はどうやら、自覚していた以上に彼女に愛されている、みたいだ。

「それに、その爪を見てもまとわり付くような女性なら、チアキは自分で撃退できるって思ってるよ」

時に、彼女の物言いは真実や事実を語る場合、辛辣になる。
これは付き合い始めてから知った事だ。

「なあ、それ妬いてくれてるのか?」

「んー、想像したらちょっと不快になっただけ。
そーんなオツムの残念な女性がチアキに絡むって、嫌だなって思ったの」

「大丈夫、もし絡まれてもちゃんと撃退するよ」

「うん、信じてるよ」

彼女を抱き締めた俺の指先から香るのは、恐らくオレンジとラベンダー。
俺のリラックスを考えての彼女の配合なのに、嫉妬の香りみたいだなと思った。

 

 

We Don’t Need Much

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・セクシャルな仄めかしあり
・設定ふんわり

 

We Don't Need Much

 

就寝前の準備をしながら、ふと思いついた疑問を彼女に投げかけた。

「島にいた頃、夢で逢えたらいいのに、ってよくメッセージをくれてたけど。
君は、夢の中の俺と何がしたかったんだ?」

「うん?色々だけど、一番は手に触れてみたかったな」

「手?」

髪の手入れを終えた彼女が振り返って告げたのは、意外な言葉だった。

「うん、面会でガラス越しに手のひら合わせてたけど、一度も触れた事がなかったから切なくて。
せめて夢で触れられたらなって思ってた」

「……他には?もっと、教えて?」

俺だって、君と似たような事は考えてて、結構その先も想像したり、何なら実際に夢に見たりしていたんだけど。
君も俺と同じくらいの熱量で、夢での逢瀬を望んでくれてたらと思う。

「そうだなあ、手を繋いで自由に2人で島内の公園や喫茶店も行きたかったし、あと図書館も」

「最後のは……行きたくないとは言わないけど、あまり心穏やかにいられなそうだな」

思わず眉根が寄る。
図書館の書籍には興味があるけど、あのアルバイトの男は頂けない。

「あはは、出た。門司くんコンプレックス」

「だって、仕方ないだろ。俺と違ってガラスの隔たりがなくて、唯一君と親密な男は彼だったんだから」

「門司くんはいい人だよ。でもチアキじゃない。わかるでしょ?」

「わかるけど、ちゃんと言ってくれないか」

「私が好きになったのは、チアキだよ。安心して」

「うん……」

ぎゅうと彼女の身体を抱き寄せた。柔らかくて温かい。
ヘアオイルを施されたらしい髪から甘い香りがする。
うなじ付近に鼻を寄せて、スンスンと香りを嗅いでいると「くすぐったい」と笑われた。

「どうしたの、チアキ。好きって言ってほしかった?
もう夢の話はいいの?」

彼女の甘やかで、少しからかう口調。

「それは常に言ってほしいけど、夢の話ももう少し聴きたい」

「そうだな、2人で農園で食材もらって島の食堂に行って、一緒に料理したりとか。
私の部屋でお茶して、ちょっと休憩って言ってお昼寝したりとか。
後は、島の外の夢だったら買い物したり、映画を見たり、遊園地行ったり。
そういう何でもない事がしたかったの」

「今は、島にはいないけどほとんど出来てるな」

「うん、そうだね。まとめると、あの頃の私、
チアキとありふれたカップルみたいな事がしたかったんだね」

「それで、そういう夢は見られたのか?」

「ううん、それが全然」

ふるふる、と彼女が首を横に振った。
サラサラの髪が揺れる。
その一房を取って口づけながら訊ねる。

「どうしてだろうな?君の俺への想いが足りなかった、とか?」

「もう、意地悪言わないで。多分だけど、まず2人で島を出ようって、無意識でもそればっかり考えてたから。
夢って、記憶と思考の整理でしょ。しかも、眠りが浅い時に見るものだし。
島にいた時は毎日散策してて、夜は熟睡だったから夢見るヒマがなかったんだよ、きっと」

「なるほどな」

「でも。良かったんだと思うよ、夢に見たいって思うほど憧れてた事が今は現実になったから」

彼女が、持ち上げた右手で俺の背中を優しく撫でてくれた。

「こうして触れるし、一緒に眠れるし、起きても一緒だし。現実だけど、今が夢みたい」

チュ、と軽いキスが唇に落とされる。
追いかけて深い口付けを仕掛けたのに、やんわり解かれた。

「明日早いから、ね?」

「……続きは夢で?」

「そう、だね。おやすみ、チアキ」

ちょっと耳を赤く染めた彼女から、今度は頬へのおやすみのキスが贈られた。
ベッドに入った彼女は、すでに眠る体勢だ。

(とてもじゃないけど、俺の側の話はできなかったな)

彼女が夢に現れた時、その潤んだ瞳に誘われて、さらに拒まれないのをいい事に……
それこそ夢みたいな時間を何度も過ごしてたなんて、ちょっと今日は言えなかった。
代わりに、今が夢みたいに幸せだと彼女が思ってくれてるのを知れたので、今日はよく眠れそうだ。

 

 

Not as Cool as You Think

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・名前だけ須田看守が出ますが、あまり良い扱いじゃないかもです
・設定ふんわり

 

Not as Cool as You Think

 

がしり。

俺の腕が彼女に掴まれた。
痛くはないが、簡単に離れはしないだろう力加減。

「チアキくん。今日は気が済むまで話そうか」

「はい?」

思わず疑問形で答えてしまう。
あと、名前をくん付けされるのは彼女のお説教スイッチで、高確率で叱られたり諭されたりする事が多いから、身構えてしまった。

「ちょうどよくそこにファミレスがあるから、入ろう」

「いいけど、何がちょうどよくなんだ?」

「ドリンクバーがあるじゃない。だから、ゆっくりお茶しながら気が済むまで話そうか」

「はい」

有無を言わさず、といった感じの笑顔に気圧されて俺は了承するしかなかった。
今日は買い物兼散歩、といったていでの外出で、幸いにも急ぎの用事はなかった。
時間帯は昼下がり、ランチのピークはとうに過ぎている。
そこそこ人はいるけど席は空いてて、俺達は奥の一角に収まった。

あまりファミレスに入った事がなかったけれど、ドリンクバーには多種多様な種類の飲み物が自動給水式で設置してある。
しかも冷たいものも温かいものもあるし、コーヒーの他にも紅茶、緑茶などお茶の種類もかなりバラエティに富んでる。
意外なものを見た、と物珍しそうにする俺を見て、彼女が微笑む。

俺はカフェモカ、彼女はフレーバードティーを選んで席に戻る。

「ね。あれだけ種類があったら長話できそうでしょ。
私、学生時代から今まで、長く話す時にはファミレスでドリンクバーの組み合わせがマストなの」

「まあ……確かに、飽きずに色々飲めそうだけど。長話になりそうなのか?」

「なるかもしれないな、って。チアキ、さっきの話しぶりだとちょっと溜め込んでるでしょ」

「な、なんで」

なんでそれを。

「『君はあまり妬いてくれないんだな』って、なんか言い方が寂しそうだったよ」

いい香りのするカップを傾けた彼女が、こくりと紅いお茶を口に運ぶ。
俺も甘いカフェモカをひとくち、口に運ぶ。

「そうだった、かな」

そう言いつつ、身に覚えがある。
俺はつまらない事で嫉妬に振り回されがちなのに、彼女からの嫉妬はあまり表出しない。
好かれてない、愛されていないとは思わないけど、それがなんだか寂しいとは思ってた。

「うん。普段からね、チアキがさりげなく私の嫉妬を誘発しようとしてたのは気づいてたんだ」

「えっ、君気づいてたのか?スルーされてるのかと」

「仕事で関わった女性の気遣いが素晴らしかったとか、日本語の発音が綺麗だったとか、ああいうの。
そうでしょ?違う?」

「ちがわ、ない。君は正しいよ」

「ね。でもその後に私の事をもっと褒めるじゃない?君が淹れてくれるカフェオレは絶妙だとか、
君の言葉の選び方は適切でセンスが感じられるとか、ね。
ああやって褒められちゃうと、嫉妬むき出しにする気なくなるんだよね」

こくこく、と紅いお茶を干した彼女は「別の取ってくるよ」と席を立った。
戻ってきた彼女は、また別の温かいお茶を持っていた。
落ち着く香りが辺りに漂う。

「そのお茶、なんてお茶?いい香りがする」

「ラベンダーティーって書いてあったよ」

ちなみにさっき飲んでた紅いお茶は、ローズヒップのブレンドティーというらしい。

「チアキは、まだ飲み物ある?大丈夫?」

「ああ、まだあるよ」

「そう?ドリンクバーって何回でも飲めるから、色々飲むといいよ」

そう言った彼女は、ラベンダーティーを堪能してる。

「えーと、どこまで話したっけ。ああ、そうそう。
私、元々あまり嫉妬とか、負の感情を表に出すの得意じゃないの。
だからチアキの事で全く嫉妬してないわけじゃないんだよ、ただ前面に出ないように抑えてただけ」

「そうだったのか……その、嫉妬の相手ってやっぱり、俺の仕事関係の女性とか?」

飲み物でお互い口が滑らかになってるような気がする。
普段はしまい込んで訊けないでいた事を、彼女に問いかけてみた。

「うーん、そういう人達にもうっすらは、なくないけど。
よく嫉妬してたのは、やっぱり島にいた時だと思う」

「え、あの島で?俺の周囲の女性って、君くらいだったと思うけど」

「私が一番妬いてたのは、須田さん。だってチアキと直接会えるし、話せるし。
挙げ句に、チアキとどんな話したとか、たまーに自慢げに私に話してきたりするし。
その時はニコニコ聞いてたけど、内心けっこうイライラしちゃった」

スッと彼女から表情が消える。
怒ってる時、彼女は無表情になる。
だから今こうして話してる内容が事実で、須田看守に妬いてたというのは本当の事らしい。

「確かに、直接会ったり話したりはしてたけど。
そもそも、俺もだけどあの看守もお互いに立場以上の興味関心なんてなかったんだから、君が嫉妬する要素って、そんなにないだろ?」

「甘い、甘いよチアキ。あの人、結構チアキに興味持ってたよ?
それがどこまでって確実なところはわからないけど、一個人としての感情でね。そのついでっていうか、私にも、だけど」

「そ、そうなのか?!」

背筋がぞわりとした。何ていうか、色々ちょっと想像したくない。
おまけに彼女に対しても個人的な興味を持ってただなんて、許しがたい。

「おちょくる対象としての興味は、確実に私達持たれてたよ」

「は……なんだ、そういう……。しかしそれ、最悪だな」

「うん、いじられる対象とか全っ然いい気しないよ。
まあ、お世話になったからあんまり悪し様にも言えないけど。
とにかく、食えない人だったよね」

「ああ、そうだな」

「だから、今は島から出て須田さんとも疎遠になったじゃない?
チアキが仕事で知り合う女性云々って、須田さんの強烈さと比べると
インパクトが薄いから、それもあって嫉妬しにくいのかも」

「なるほど……意外なところだったけど、合点がいったよ」

「チアキは、嫉妬して欲しいの?」

「え?」

「例えば、仕事関係の女性の話するたびに
『その人、チアキに気があるんじゃない?』『どうして私以外の女の人褒めるの?』
『もう話さないでほしい』『もう会わないって約束して』
とか、そんな感じにまくしたてて嫉妬する私になってほしい?」

「いや……それは、どう対処していいかわからないから、今のままの君がいいよ」

「ほら、ね」

クスクスと彼女が笑う。
俺もつられて笑った。

「でも。そうだなあ、あの近所のかわいい三毛猫ちゃん」

「ん?ああ、あの地域猫のあの子か。どうしたんだ?」

「あの子、かわいいし穏やかだけどクールじゃない。あまりスリスリくるタイプじゃないっていうか」

「ああ、確かにそんな感じだな」

珍しく、俺が近くに行っても逃げ出したりはしないタイプなんだけど、かといってすり寄ったりもしない。

「あんなかわいい子がチアキに懐いたら、すごく妬けるかも」

「君、それ二重の意味で嫉妬してないか?」

「ダメ?そういう、かわいいヤキモチぐらいが良くない?」

「ダメ、じゃない……というか、君、その言い方はずるい」

上目遣いで、その言い方は反則的にかわいい。
口元を手で抑えて、赤くなる顔を覆ってると彼女がケラケラと笑い出した。

「ごめんごめん、からかいすぎたよ。お詫びに飲み物取ってくるね、同じのがいい?」

「いや……ええと、カフェオレ、頼めるかな」

「オッケー」

パタパタと軽い足音とともに、彼女が俺のカップをさらっていった。

(お互いに学生だったら、もっと前からこういうところで話し込んだりしてたのかな)

俺達にはありえない、一緒に過ごせる学生時代に思いを馳せてみる。
近隣で見かける学校の制服を、頭の中で今より幼い彼女に着せてみた。うん、かわいい。
俺も、同様に脳内で男子用の制服を着てみる。並んでみると、意外に悪くないと思った。

だけど、過去には遡れない。
なら。今作った思い出を、未来に積み上げていくだけだ。

「なあ、また君とここに来てドリンクバーで話したいな」

席に戻ってきた彼女からカフェオレを受け取って提案してみる。

「うん、一緒にまた来よう。なんでもない話、たくさんしようね」

いっぱいの笑顔で、彼女は微笑んだ。

 

 

Don’t Waste My Time

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・かっこいいチアキは不在です(ヤキモチ焼きなチアキはいます

 

Don't Waste My Time

 

乱れた髪を軽く整えて身繕いした彼女が眉尻を下げる。

「あのねえチアキ、あれは不可抗力だよ」

「わかってる……」

「あの子、ご近所に住んでて前から知り合いで。会うといつもああだから」

「ああ、君達の会話で察したよ」

「まだモヤモヤする?」

「してる」

彼女は俺のモヤモヤを晴らそうと奮闘してくれたんだが、戦果がなかったのに肩を落としてる。

発端は、彼女と顔なじみの人懐こいゴールデンレトリバー。
あちらは散歩、こちらは買い物で外出中に行きあって、その彼が大喜びで彼女に飛びついたのだ。
そこは躾されているのか吠えはしないものの、全身で会えた喜びを惜しみなく表現していて、飛びつかれた彼女もハグを返してた。
挙げ句に、頬まで舐められてた!

「はあ、困ったなあ。じゃあチアキは今度からお留守ば」

「それは嫌だ」

留守番なんて嫌だ。
彼女が変なやつに声を掛けられたりしないか、知り合いと行き合って盛り上がって、待ってる俺を忘れたりしないか。
家で1人で悶々と待つなんてごめんだ。

「まだ全部言ってないよ」

「ほとんど言ってたじゃないか。それよりも、あれを浮気にカウントするかしないか、俺の中で審議中なんだ」

「もー、浮気じゃない!やめてよね、人聞きの悪い」

ぷんすか、と効果音が頭上に浮かんでるかのようにおかんむりの彼女。
2人並んで歩き続けてて、手は繋いでるけど彼女はプリプリしていて、俺はちょっと心ここにあらずだ。

さっき言ったのは半分はふざけて、半分はやや本気。
だってあいつ。あのふわふわのふさふさのあいつ!
彼の飼い主と彼女が、たわいない世間話に花を咲かせてるちょっとした時間。
彼女の足元に座って寄り掛かりながら、フンと俺を見て鼻を鳴らしたんだ。

(あれはどう見ても、優越感だった……!)

『オマエじゃ無理だろうけど、オレは人前でもハグもキスも許されるんだぜ』

なんて、彼は喋れはしないだろうが、喋れたらきっとこんな感じのセリフを吐かれてたと思う。
あの図書館のあいつ、門司に向けてたのよりは遥かに軽度だけど。
どうしても、嫉妬めいた気分というか、モヤモヤする。
彼女について、俺以外の余人に近づいて欲しくないと常に思ってるけど、動物もダメだ。
というか、彼女に好意を抱いてる生き物はもう全部ダメだ。
無論、彼女が相手に好意的だったらより事態は最悪だ。

「俺、心が狭いんだな……」

「え、今さら?」

ぽつりと零したら、彼女が呆れたように返してきた。
今さらってなんだよ、俺ずっと心が狭いと思われてたのか?

「いや、今さらっていうか許容範囲狭いなーって、つきあってからずっと思ってたよ」

「俺、今声に出してた?」

「全部出てた。だって俳優もミュージシャンもダメ、動画クリエイターもニュースキャスターもアウトじゃない。
これでもなるべく異性の話しないように、って話題に気を使ってるんだけど?」

「ああ……それは、俺が悪かった」

確かに今彼女が例に挙げた全てにモヤモヤしたり嫉妬で不機嫌になったりして、彼女を困らせたような。

「だからね、色々今さらなんだけど。ワンちゃんモフるのを浮気にカウントはやめて?」

「はい……もうしません」

普段よりも低い声と、珍しく眉を吊り上げてお怒りモードの彼女に怯んで、俺は謝った。

「私、ワンちゃん大好きだからね。お迎えするのは我慢してるのに、近所の子をモフるの止めるんなら、チアキでも容赦しない」

「止めません、ごめんなさい」

たぶん、犬を飼うのを断念してるのは、生活や俺との事を考えてっていうのもあるんだろう。
そこはちゃんとわかってる。

というか、俺だって動物全般好きなんだけど。
何故か威嚇されたり逃げられたり、今日なんかは鼻で笑われたし(多分)、戦績は散々だ。
唯一好意的だったのは、泥酔して寝こけてる時に会った犬の女の子ぐらいか。

「でも、人前で臆面もなく君にハグされてるのは羨ましかったな」

「…………これでいい?」

「え」

俺からほんの少し歩幅が遅れてると思った彼女が背後に回って、後ろから抱きしめられた。
数秒、柔らかく抱き締められてそっと離された。

「一応ここ往来だし、恥ずかしいからおしまい」

ぱっと離れた彼女は小走りで先に行ってしまう。
慌てて追いかけて、温かいその手を捕まえ直した。

もう君を離せる気がしないって、一分一秒ごとに思う。

 

 

Play The Game

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・かっこいいチアキは不在です(構って欲しがりなチアキはいます

 

Play The Game

 

 

彼女のやってるソーシャルゲームで大幅アップデートがあったらしい。

「わー、UI丸ごと入れ替わってる。んーと、これがこうで、日課はこっちからか。
やる事同じだけどほぼ別ゲーみたくなっちゃった」

「別ゲー?」

「ああ、違うゲームみたいって事。今回のアプデ、前々から予告されてはいたんだけどね。
すっごい変わりようで驚いてるよ」

「そうなんだ」

「うん。とりあえず、日課回すかなー」

話しかければ返答は返ってくるんだけど、彼女は刷新されたゲームに夢中だ。
タブレットを手放す気はなさそうな様子に、心の中で溜息を吐いた。

読書家で、音楽のライブに行くのが好きで、ゲームが好き。映画にも観劇にも興味有り。
島にいたころは、こんなに多趣味だって知らなかった。
彼女の色んな顔を知れるのはいいんだけど、弊害もある。

(何かに夢中になると、構ってくれなくなるんだよな)

つい、じとりとした視線を彼女に向けてしまう。
こっちを見て欲しくて。

「どうしたの、チアキ」

視線に気づいた彼女が俺に問いかける。

「いや、君の気を引きたかっただけだよ」

「ストレートだね、珍しい」

「君が言ったんじゃないか、何かに没頭しすぎてたら構ってほしいって意思表示してくれって」

「あはは、そうだったね。今日はまだ没頭してないよー」

「そうかな……没頭しかけてるように見えたけど?」

「ごめんって」

クスクス笑った彼女がタブレットをテーブルに置いて、指を絡めてきた。

「それで?」

「ん?」

「チアキはどう構って欲しいのか、言ってみて?」

首を傾げた彼女が、無邪気そうに告げる。
彼女はこういうところがある。
悪気なく、気恥ずかしい事を言わせようとするというか。

「30分。膝枕してほしい。そうしたら30分は放置されても我慢するから」

「そんなのでいいの?全然、いいよ」

(あっ、しまった!もっと要求しても良かったのか……)

ちょっと後悔しかけたけど、彼女が太腿をポンポンと叩いて促してきたので、その誘惑に抗いきれずそっと頭を預けた。

(温かくて、柔らかい。今日も、いい匂いがする)

時々してもらってるから、心地よさはよく知ってるんだけど。
いつしてもらっても嬉しくなる。
加えて、いつも彼女がしてくれる事があって。今日も期待してる俺がいる。

「柔らかいよね、チアキの髪。好きだなあ」

「ん……」

さらり、さらりと彼女の手が俺の髪を撫でてくれる。
ここにいる事が赦されてるような、彼女こそが俺の居場所だっていう感じがして、この時間が好きだ。

(君が好きなのは、俺の髪だけ?違うだろ?)

なんて、ちょっと茶化して彼女をからかいたいのに、眠気が訪れた。

「髪、だけ……?」

「違うよ。チアキの全部、好きだよ。安心して?」

辛うじて紡いだ言葉に、望んだ以上のレスポンスが返ってきて、ふにゃりと口元がゆるんだ。
そこから先の意識は曖昧だ。

「おやすみ、チアキ」

微かに聞こえた気がする、彼女の声と髪を撫でる手の温度がとても心地よかった。

本当は、うたた寝じゃなく、起きたまま膝枕を堪能したかったんだけど。
『ごめんチアキ、脚痺れちゃった』
と遠慮がちに肩を叩かれ起こされるまでの小一時間、彼女を独り占めできたから良しとしよう。