Not as Cool as You Think

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・名前だけ須田看守が出ますが、あまり良い扱いじゃないかもです
・設定ふんわり

 

Not as Cool as You Think

 

がしり。

俺の腕が彼女に掴まれた。
痛くはないが、簡単に離れはしないだろう力加減。

「チアキくん。今日は気が済むまで話そうか」

「はい?」

思わず疑問形で答えてしまう。
あと、名前をくん付けされるのは彼女のお説教スイッチで、高確率で叱られたり諭されたりする事が多いから、身構えてしまった。

「ちょうどよくそこにファミレスがあるから、入ろう」

「いいけど、何がちょうどよくなんだ?」

「ドリンクバーがあるじゃない。だから、ゆっくりお茶しながら気が済むまで話そうか」

「はい」

有無を言わさず、といった感じの笑顔に気圧されて俺は了承するしかなかった。
今日は買い物兼散歩、といったていでの外出で、幸いにも急ぎの用事はなかった。
時間帯は昼下がり、ランチのピークはとうに過ぎている。
そこそこ人はいるけど席は空いてて、俺達は奥の一角に収まった。

あまりファミレスに入った事がなかったけれど、ドリンクバーには多種多様な種類の飲み物が自動給水式で設置してある。
しかも冷たいものも温かいものもあるし、コーヒーの他にも紅茶、緑茶などお茶の種類もかなりバラエティに富んでる。
意外なものを見た、と物珍しそうにする俺を見て、彼女が微笑む。

俺はカフェモカ、彼女はフレーバードティーを選んで席に戻る。

「ね。あれだけ種類があったら長話できそうでしょ。
私、学生時代から今まで、長く話す時にはファミレスでドリンクバーの組み合わせがマストなの」

「まあ……確かに、飽きずに色々飲めそうだけど。長話になりそうなのか?」

「なるかもしれないな、って。チアキ、さっきの話しぶりだとちょっと溜め込んでるでしょ」

「な、なんで」

なんでそれを。

「『君はあまり妬いてくれないんだな』って、なんか言い方が寂しそうだったよ」

いい香りのするカップを傾けた彼女が、こくりと紅いお茶を口に運ぶ。
俺も甘いカフェモカをひとくち、口に運ぶ。

「そうだった、かな」

そう言いつつ、身に覚えがある。
俺はつまらない事で嫉妬に振り回されがちなのに、彼女からの嫉妬はあまり表出しない。
好かれてない、愛されていないとは思わないけど、それがなんだか寂しいとは思ってた。

「うん。普段からね、チアキがさりげなく私の嫉妬を誘発しようとしてたのは気づいてたんだ」

「えっ、君気づいてたのか?スルーされてるのかと」

「仕事で関わった女性の気遣いが素晴らしかったとか、日本語の発音が綺麗だったとか、ああいうの。
そうでしょ?違う?」

「ちがわ、ない。君は正しいよ」

「ね。でもその後に私の事をもっと褒めるじゃない?君が淹れてくれるカフェオレは絶妙だとか、
君の言葉の選び方は適切でセンスが感じられるとか、ね。
ああやって褒められちゃうと、嫉妬むき出しにする気なくなるんだよね」

こくこく、と紅いお茶を干した彼女は「別の取ってくるよ」と席を立った。
戻ってきた彼女は、また別の温かいお茶を持っていた。
落ち着く香りが辺りに漂う。

「そのお茶、なんてお茶?いい香りがする」

「ラベンダーティーって書いてあったよ」

ちなみにさっき飲んでた紅いお茶は、ローズヒップのブレンドティーというらしい。

「チアキは、まだ飲み物ある?大丈夫?」

「ああ、まだあるよ」

「そう?ドリンクバーって何回でも飲めるから、色々飲むといいよ」

そう言った彼女は、ラベンダーティーを堪能してる。

「えーと、どこまで話したっけ。ああ、そうそう。
私、元々あまり嫉妬とか、負の感情を表に出すの得意じゃないの。
だからチアキの事で全く嫉妬してないわけじゃないんだよ、ただ前面に出ないように抑えてただけ」

「そうだったのか……その、嫉妬の相手ってやっぱり、俺の仕事関係の女性とか?」

飲み物でお互い口が滑らかになってるような気がする。
普段はしまい込んで訊けないでいた事を、彼女に問いかけてみた。

「うーん、そういう人達にもうっすらは、なくないけど。
よく嫉妬してたのは、やっぱり島にいた時だと思う」

「え、あの島で?俺の周囲の女性って、君くらいだったと思うけど」

「私が一番妬いてたのは、須田さん。だってチアキと直接会えるし、話せるし。
挙げ句に、チアキとどんな話したとか、たまーに自慢げに私に話してきたりするし。
その時はニコニコ聞いてたけど、内心けっこうイライラしちゃった」

スッと彼女から表情が消える。
怒ってる時、彼女は無表情になる。
だから今こうして話してる内容が事実で、須田看守に妬いてたというのは本当の事らしい。

「確かに、直接会ったり話したりはしてたけど。
そもそも、俺もだけどあの看守もお互いに立場以上の興味関心なんてなかったんだから、君が嫉妬する要素って、そんなにないだろ?」

「甘い、甘いよチアキ。あの人、結構チアキに興味持ってたよ?
それがどこまでって確実なところはわからないけど、一個人としての感情でね。そのついでっていうか、私にも、だけど」

「そ、そうなのか?!」

背筋がぞわりとした。何ていうか、色々ちょっと想像したくない。
おまけに彼女に対しても個人的な興味を持ってただなんて、許しがたい。

「おちょくる対象としての興味は、確実に私達持たれてたよ」

「は……なんだ、そういう……。しかしそれ、最悪だな」

「うん、いじられる対象とか全っ然いい気しないよ。
まあ、お世話になったからあんまり悪し様にも言えないけど。
とにかく、食えない人だったよね」

「ああ、そうだな」

「だから、今は島から出て須田さんとも疎遠になったじゃない?
チアキが仕事で知り合う女性云々って、須田さんの強烈さと比べると
インパクトが薄いから、それもあって嫉妬しにくいのかも」

「なるほど……意外なところだったけど、合点がいったよ」

「チアキは、嫉妬して欲しいの?」

「え?」

「例えば、仕事関係の女性の話するたびに
『その人、チアキに気があるんじゃない?』『どうして私以外の女の人褒めるの?』
『もう話さないでほしい』『もう会わないって約束して』
とか、そんな感じにまくしたてて嫉妬する私になってほしい?」

「いや……それは、どう対処していいかわからないから、今のままの君がいいよ」

「ほら、ね」

クスクスと彼女が笑う。
俺もつられて笑った。

「でも。そうだなあ、あの近所のかわいい三毛猫ちゃん」

「ん?ああ、あの地域猫のあの子か。どうしたんだ?」

「あの子、かわいいし穏やかだけどクールじゃない。あまりスリスリくるタイプじゃないっていうか」

「ああ、確かにそんな感じだな」

珍しく、俺が近くに行っても逃げ出したりはしないタイプなんだけど、かといってすり寄ったりもしない。

「あんなかわいい子がチアキに懐いたら、すごく妬けるかも」

「君、それ二重の意味で嫉妬してないか?」

「ダメ?そういう、かわいいヤキモチぐらいが良くない?」

「ダメ、じゃない……というか、君、その言い方はずるい」

上目遣いで、その言い方は反則的にかわいい。
口元を手で抑えて、赤くなる顔を覆ってると彼女がケラケラと笑い出した。

「ごめんごめん、からかいすぎたよ。お詫びに飲み物取ってくるね、同じのがいい?」

「いや……ええと、カフェオレ、頼めるかな」

「オッケー」

パタパタと軽い足音とともに、彼女が俺のカップをさらっていった。

(お互いに学生だったら、もっと前からこういうところで話し込んだりしてたのかな)

俺達にはありえない、一緒に過ごせる学生時代に思いを馳せてみる。
近隣で見かける学校の制服を、頭の中で今より幼い彼女に着せてみた。うん、かわいい。
俺も、同様に脳内で男子用の制服を着てみる。並んでみると、意外に悪くないと思った。

だけど、過去には遡れない。
なら。今作った思い出を、未来に積み上げていくだけだ。

「なあ、また君とここに来てドリンクバーで話したいな」

席に戻ってきた彼女からカフェオレを受け取って提案してみる。

「うん、一緒にまた来よう。なんでもない話、たくさんしようね」

いっぱいの笑顔で、彼女は微笑んだ。