Don’t Waste My Time

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・かっこいいチアキは不在です(ヤキモチ焼きなチアキはいます

 

Don't Waste My Time

 

乱れた髪を軽く整えて身繕いした彼女が眉尻を下げる。

「あのねえチアキ、あれは不可抗力だよ」

「わかってる……」

「あの子、ご近所に住んでて前から知り合いで。会うといつもああだから」

「ああ、君達の会話で察したよ」

「まだモヤモヤする?」

「してる」

彼女は俺のモヤモヤを晴らそうと奮闘してくれたんだが、戦果がなかったのに肩を落としてる。

発端は、彼女と顔なじみの人懐こいゴールデンレトリバー。
あちらは散歩、こちらは買い物で外出中に行きあって、その彼が大喜びで彼女に飛びついたのだ。
そこは躾されているのか吠えはしないものの、全身で会えた喜びを惜しみなく表現していて、飛びつかれた彼女もハグを返してた。
挙げ句に、頬まで舐められてた!

「はあ、困ったなあ。じゃあチアキは今度からお留守ば」

「それは嫌だ」

留守番なんて嫌だ。
彼女が変なやつに声を掛けられたりしないか、知り合いと行き合って盛り上がって、待ってる俺を忘れたりしないか。
家で1人で悶々と待つなんてごめんだ。

「まだ全部言ってないよ」

「ほとんど言ってたじゃないか。それよりも、あれを浮気にカウントするかしないか、俺の中で審議中なんだ」

「もー、浮気じゃない!やめてよね、人聞きの悪い」

ぷんすか、と効果音が頭上に浮かんでるかのようにおかんむりの彼女。
2人並んで歩き続けてて、手は繋いでるけど彼女はプリプリしていて、俺はちょっと心ここにあらずだ。

さっき言ったのは半分はふざけて、半分はやや本気。
だってあいつ。あのふわふわのふさふさのあいつ!
彼の飼い主と彼女が、たわいない世間話に花を咲かせてるちょっとした時間。
彼女の足元に座って寄り掛かりながら、フンと俺を見て鼻を鳴らしたんだ。

(あれはどう見ても、優越感だった……!)

『オマエじゃ無理だろうけど、オレは人前でもハグもキスも許されるんだぜ』

なんて、彼は喋れはしないだろうが、喋れたらきっとこんな感じのセリフを吐かれてたと思う。
あの図書館のあいつ、門司に向けてたのよりは遥かに軽度だけど。
どうしても、嫉妬めいた気分というか、モヤモヤする。
彼女について、俺以外の余人に近づいて欲しくないと常に思ってるけど、動物もダメだ。
というか、彼女に好意を抱いてる生き物はもう全部ダメだ。
無論、彼女が相手に好意的だったらより事態は最悪だ。

「俺、心が狭いんだな……」

「え、今さら?」

ぽつりと零したら、彼女が呆れたように返してきた。
今さらってなんだよ、俺ずっと心が狭いと思われてたのか?

「いや、今さらっていうか許容範囲狭いなーって、つきあってからずっと思ってたよ」

「俺、今声に出してた?」

「全部出てた。だって俳優もミュージシャンもダメ、動画クリエイターもニュースキャスターもアウトじゃない。
これでもなるべく異性の話しないように、って話題に気を使ってるんだけど?」

「ああ……それは、俺が悪かった」

確かに今彼女が例に挙げた全てにモヤモヤしたり嫉妬で不機嫌になったりして、彼女を困らせたような。

「だからね、色々今さらなんだけど。ワンちゃんモフるのを浮気にカウントはやめて?」

「はい……もうしません」

普段よりも低い声と、珍しく眉を吊り上げてお怒りモードの彼女に怯んで、俺は謝った。

「私、ワンちゃん大好きだからね。お迎えするのは我慢してるのに、近所の子をモフるの止めるんなら、チアキでも容赦しない」

「止めません、ごめんなさい」

たぶん、犬を飼うのを断念してるのは、生活や俺との事を考えてっていうのもあるんだろう。
そこはちゃんとわかってる。

というか、俺だって動物全般好きなんだけど。
何故か威嚇されたり逃げられたり、今日なんかは鼻で笑われたし(多分)、戦績は散々だ。
唯一好意的だったのは、泥酔して寝こけてる時に会った犬の女の子ぐらいか。

「でも、人前で臆面もなく君にハグされてるのは羨ましかったな」

「…………これでいい?」

「え」

俺からほんの少し歩幅が遅れてると思った彼女が背後に回って、後ろから抱きしめられた。
数秒、柔らかく抱き締められてそっと離された。

「一応ここ往来だし、恥ずかしいからおしまい」

ぱっと離れた彼女は小走りで先に行ってしまう。
慌てて追いかけて、温かいその手を捕まえ直した。

もう君を離せる気がしないって、一分一秒ごとに思う。