My only magician

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

My only magician

 

「……なあ。この後、うちで飲み直さないか?」

「うん、いいよ」

午後から映画を見て、それから買い物に寄り、軽く食事をしてほろ酔いになった帰り道。
艶を含ませた俺の誘いを、健全さ100%の笑顔で彼女は快諾してくれた。

(OKしてくれたけど、これは純然ともっと飲みたいだけな気もするな)

俺と一緒にいたがってくれてるのは知ってるから、そこは嬉しいんだけど。
恋人同士の密事<<<<<美味い酒、っていう彼女の心が透けて見える気がする。
複雑だ。

(なんだろう、思い通りにはリードできてるけどいつも思惑とはズレてくんだよな。君相手だといつもこうだ)

俺のデートプラン通りに事は進んだというのに、ちょっとため息を吐きたくなってきた。
考え事に耽ってしまった俺を咎めるでもなく、彼女は俺の腕を引いて言った。

「ねえねえ、チアキの家に行く前にスーパー寄りたい」

「ああ、構わないよ」

飲み直すという口実をまっすぐ受け取った彼女の事だ、酒の肴と飲むための酒の補填に寄りたいんだろう。
時折俺に話しかけながら、ポンポンとカゴに欲しい物を入れていく様は楽しそうで、見てると心が柔らかくなっていく。
酒と割り物と重めの食材の入ったずっしり重い方の袋は俺が持ち、残りの軽い方の袋は彼女が持って、帰り道を歩く。
歩き慣れたなんて事ない道だけど、彼女と一緒だとなんでも楽しいから、現金なものだな。

やがて辿り着いた俺の家の鍵を、彼女が合鍵で開けてくれた。

「おじゃましまーす」

「はい、どうぞ。って、毎回君は律儀だな」

「家主はチアキだもん。あのさ、キッチンと調味料とか借りていいかな?」

「ああ、もちろん」

交代でレストルームで手洗いとうがいをしながら、そんな会話を交わした。
ありがとう、と笑った彼女が宣言通りキッチンの方へ向かう。
髪を軽くまとめてから、もう一度手を洗ってエプロンを着た姿にちょっとキュンと来た。

(一緒に暮らしたら、こういうのしょっちゅう見られるんだろうか)

あ、いや俺も彼女に料理を振る舞いたいから、毎日なんて贅沢は言わないけど。
見られたら嬉しい。

リビングからキッチンの方を見ていたけど、このままだと妄想をしながら彼女を延々と眺めてしまいそうだ。

(それにしても、何を作ってくれるんだろう)

色々買ってるのは見たけど、何になるのかは見当もつかない。
俺も手伝っても良いんだけど、何を作ったのかは出来上がりを待ちたい気がする。
なので俺はリビングのテーブルにグラスやカトラリーを出したり、彼女の気に入ってるクッションを座りやすい位置にセッティングする作業に注力した。

「チアキ、だいたいできたよ。一緒に運んでくれる?」

「うん、って早いな?」

「今日は簡単なものばっかりだからね。夜だし、さっと食べられるものにしたんだ」

軽く食事してきてるし、ガッツリしたものは避けたらしい。
トマトの何かと、鰹節のかかったブロッコリー。それと、カットされたきゅうりと白い何か。
それに、カナッペらしいものと、一口大にカットされたサラダチキンにはソースがかかってる。

「これで全部?」

「ううん、あと一品。今トースターで焼いてるとこ……、あ、焼けたね」

話しながら、2人で料理を運ぶ。
火を使ったものは少ないという彼女だが、品数は結構なものだと思う。

「見ただけじゃ、なんの料理かわからないな。教えてくれる?」

「えーと、チアキの前にあるのがトマトのナムル。隠し味にはちみつ使ったよ。
ブロッコリーは電子レンジで蒸して、薄めた白だしと鰹節かけただけ。
あとは、ダイスカットしたきゅうりと長芋の塩昆布サラダ」

「こっちのは?」

「いぶりがっことクリームチーズのカナッペ。美味しいから最近ハマってるんだ。
隣のは、サラダチキン切って、上にゆず胡椒と絞ったレモン混ぜたソースかけてる。お酒に合うと思うよ」

「トースターで焼いてたのは?」

「冷凍のフライドポテトあっためて、上にツナとマヨネーズと黒胡椒かけて焼いたの。
ちょっとタバスコかけてもいけるよ。今日のは全部料理っていうか、ほぼおつまみだね」

「いや、充分すごいよ。いただきます」

「はい、どうぞ。私もいただきまーす」

彼女の用意してくれた料理はどれも美味しかった。
あと、なんていうか栄養や俺の好き嫌いも気を使ってくれてるけど、味のバランスもいい気がした。
そして、それぞれが酒と合うものばかりだ。

「この、いぶりがっこ?って美味いな」

「でしょ?漬物って燻すとこんな美味しくなるんだー、って初めて食べた時に感動したもん」

「ああ、クリームチーズとクラッカーとも相性がいい」

今日は、前に飲んだ時みたいにちゃんぽんして飲みすぎたりしないように、種類はハイボールだけ、タンブラーに3杯まで。
と決めて2人で飲んでるけど、肴が美味しいからうっかりすると決めた酒量を超過しそうだ。
気をつけないとな。

「うんうん。よかった、チアキもクリームチーズならイケるかなって出してみて正解だったね!」

「君のおかげでチーズはそんなに苦手じゃなくなったよ。知ってるだろ?」

「うん、そうだったね」

へへ、ってちょっと赤くなる彼女。
なんだよその笑い方。かわいいな。

「耳が赤いけど、どうした?」

「えっ!いや、私がチアキの味覚変えたんだなって思うと、なんか照れるんだよね」

彼女は無自覚なんだろうけど、本当に俺はかなわない。
勇敢で、信念みたいなものを貫く強さと優しさを持ってて、それでいてちょっと危なっかしさと独特のかわいらしさがある。
全部が魅力的で、俺は惹かれてやまない。

「……君は、魔法使いみたいだな」

「へ?」

「短い時間でたくさん美味しいものを作れるのもそうだし、俺の好き嫌いも減らしてくれて、心もくれた。
あと、たくさん幸せにしてくれる。凄腕の、魔法使いみたいだ」

「魔法、って。そんな大した事してないよ?それに、私って勇者なんじゃなかったの」

ああ、あの島でのゲームブックの話か。うん、俺も覚えてる。
あの時の、君との日々を懐かしく愛しく思い出す事があるけど、彼女もそうなんだな。
またひとつ、彼女は俺が幸せになる魔法を使ったみたいだ。

「魔法使いタイプの勇者がいいって言ってたから、いいんじゃないか?」

「そういうもの?チアキがいいなら、いいけど」

「俺だけの、魔法使いでいて?これからもずっと」

彼女の指に指を絡めて、恋人繋ぎの形に手を繋いで、少し朱の差した耳朶と、滑らかに白い首筋にキスを落とした。

――ずっと、そばにいるよ。

世界でいちばんやさしい魔法使いは、俺の耳元に愛の呪文を囁いてくれた。

 

 

Look at only me

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

Look at only me

 

「~~そうじゃなくて!」

「えっ、嫌だった?」


焦れて、唐突に荒げた声を出してしまった。
本の世界に没入してた彼女は、そんな俺に驚いてる。

彼女がずっと欲しがってた、希少な映画の原作の本が入荷したと嬉しそうに本屋を経由して帰宅してきたのが数時間前。
今日は週末だからじっくり読書に勤しむのだと、入浴や夕食もそこそこに本の世界へ旅立ってしまった。
タンブラーに温かい飲み物も準備して、フワフワしたやわらかそうな部屋着に着替えて、準備万端なのはいいと思う。

(でも、何時間も放置されるのはつらい)

俺自身も本の虫だから、彼女の気持ちは理解できるつもりだ。
ずっと待ってた本って、一気に読んでしまいたいよな。

だから、最初は俺も床のラグマットに座る彼女と並んで本を読んでいた。
好きな作家の原書とか、それなりに話題になってる新書とかいくつか。
でも、せっかく隣に彼女がいるのに。
風呂上がりで温かくて、いい匂いのする彼女がいるのに、全然俺の方を向いてくれない。
さりげなく後ろのソファに移動して髪を触ったりしてみても、何ら反応はない。

(……つらい。少しくらい、構ってくれてもいいんじゃないか?)

島の収容所にいた頃、彼女からのメッセージや彼女との面会を心待ちにするようになって、彼女限定で俺は構って欲しがりなんだと自覚した。
あの事件の前の俺だったら考えられないけど、事実だ。

こんなふうで、よく1年離れていられたなと我ながら思う。
そして、俺の『彼女限定構って欲しくてたまらない病』は、再会してから悪化の一途を辿ってる。
俺以外に彼女の気を引く何か、人であれ物であれ、何らかの作品であれ、そういうのがあるのが面白くない。

いい加減我慢できなくなって、目の前にある彼女の肩をそっと掴んだ。
抵抗されないのをいい事に、そのまま背後から抱きすくめて、うなじに顔を寄せた。
すっと彼女の右手が持ち上がり、そのまま俺の前髪を優しく撫でてくれる。
やわらかな、いつもどおりの手つき。
ただし、視線は悲しいかな本に向けられたままだ。

(き、君って人は……)

器用だなという謎の感心と、撫でてくれた嬉しさとが拮抗して一瞬声が詰まったけど。
もう我慢の限界で、つい声を荒げてしまったんだ。


「違う、撫でてくれたのは嫌じゃないんだ。嫌じゃないけど、それより俺の方を向いてほしかった……」

先程の勢いはなく、自分でも驚くくらい萎れた声が出た。
抑えようにも眉尻が下がるし、これ以上カッコ悪い事を口走らないように口元を引き結んだせいで、なんだか情けない顔になってる気がする。

「あーー……、ごめんね?またやっちゃった、ほんとごめん」

振り返って俺を見た彼女は、立ち上がるとその胸に抱き寄せてくれた。

「いいんだ、待ってた本なんだろ?夢中になるのはわかるよ、でも」

「ううん、2人でいるのに寂しくさせちゃったのはダメだった。チアキ、ごめんね」

彼女にぎゅうと抱き締められて、ホッとした。
実は前にも似たような事はあったんだ。
その時は今ほどじゃなくて、俺がアクションを起こせばちゃんと反応が返ってきた。
今日は、かなりの没入ぶりだったな……。

「もうしない、って言い切れないから今のうちに頼んどくね。
チアキ、私がまたこうなってたら遠慮しないでもっと主張して?」

「……わかった」

「読書、続きはもう明日にするよ。チアキ、膝枕する?ホットミルク飲む?」

わかりやすく甘やかそうとしてくれる彼女に、俺の機嫌はあっさりと上向きになる。
我ながら現金だ。
多趣味で読書家の彼女と一緒にいるなら、今日のような事がまた起こるのはもう仕方ない。
その都度『俺を見てくれ』とあけすけに主張するのは気恥ずかしいけど、そんな事で君が俺を見てくれるなら安いものだと思う。
だから、俺は今目の前に差し出された愛情にめいっぱい胡座をかく事にした。

「ホットミルク、飲みたい。はちみつ入れたやつがいい」

「うん、わかった。膝枕はいいの?」

「ホットミルク飲んでから、してくれないか?」

「いいよ、了解」

宣言通り、はちみつ入りのホットミルクを用意してもらって、その甘さに心癒やされて。
彼女の膝枕でウトウト微睡みながら、綺麗な指に髪を撫でてもらう時間は至福だった。

 

 

overdoing

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

overdoing

 

あんな事、言うんじゃなかった。

『ここのところ、君の家に入り浸りすぎたみたいだ。
一週間くらい、来るのは控えるよ。マンネリっていうのの予防にさ』

『そう?わかった』

本心はそんな事したくなくて、いつも通り彼女と一緒に過ごしたかった。
あれは、思いつきで、完全に勢いで提案した事だった。
何ならちょっと「嫌だよ、そんなの!」とか、彼女からゴネられないかって期待してた。
そんな期待も虚しく、あっさり彼女に承諾されてしまい今に至る。

俺が益体もない提案をしたのが金曜、土曜を過ぎて今は日曜の午後だ。
まだ3日も経ってない。たかが2日、されど2日だ。

淡々と時間は流れて行き、惰性で仕事や家事はこなしたけど、1人で過ごす何もかもが味気ない。
付き合い出してからのこの数ヶ月は本当に、ほぼ毎日のように彼女の家で過ごしていた。
俺の家に彼女が来る事ももちろんあったし、仕事の都合で外デートをして夜には解散、
って日も片手で数えるぐらいにはあったと思う。

もう一緒に住んでいいんじゃないかって俺は思ってるけど、恋人になってからは半年と少し。
彼女には、気が早いと思われてしまいそうだ。
お互いの部屋にそれぞれの私物や服がちょっとずつ増えていく、くすぐったい感じをまだ楽しみたい気持ちもある。

ずっとべったり一緒にいたのに、俺があんな提案をしたのは理由がある。
少し前にweb会議のついでの雑談で、仕事の同僚が言ってた事がどうしても気になってしまったからだ。

『そうなんだ。オレと彼女は、ちょうどいい距離感だよ。
休日でも会わない時もあるし、そういう時はお互い好きな事して過ごしてる。
ずっと一緒にいすぎて相手に気疲れさせたり、関係がマンネリ化したら嫌だなって思うとね』

いつだか、恋人同伴で俺を食事に誘ってくれた彼に彼女との近況を話したら、返ってきた答えがこれだった。
もちろん彼には悪気なんてなく、ごく一般的な意見と、自身の恋人との関係性を話してくれただけの事。
情緒的に成熟してる彼からの言葉に、勝手に泡食ったのは俺だ。

(嫌だ。彼女に飽きられるのも、べったりしすぎて疲れられるのも本意じゃない)

そう思って、突発的にした提案だった。
今思えば、望んでない心にもない提案で、ほんと失策としか言いようがない。

(だけど、もう堪えられない)

彼女不足で、もう限界だった。
もう1分だって嫌だ。1秒だって長い。

自分から言い出したのに、3日も持たずに彼女の家へ向かう。
息せき切ってチャイムを押したが、果たして彼女は不在だった。
合鍵を使って、勝手知ったる彼女の家へ上がる事にする。

もらってはいたけど、使うのはほぼ初めてな合鍵。
初めての、家主不在の家への訪問。
この家での1人きりの時間なんて、経験した事がない。

(初めてな事ばかりで、どうしたらいいかわからないな……)

何となくおっかなびっくり、リビングの床に膝を抱えて座り込んだ。
彼女のいないソファに腰掛けるのは、なんだか違う気がして。

日曜の午後なのに、不在にしてるのは珍しい。
彼女は次の日が仕事だからと、出かけずにいるのが常なのに。

(どこに行ったんだろう。今誰といるんだろう)

メッセージアプリで訊けばいいのに、『今、どこにいる?』のその一言が訊けない。

カチャリ。カチャ、ガチャ。

解錠される音と共に、彼女が帰宅した。
キャリーケースを引いて。

「ん、チアキ来てたんだ?いらっしゃい」

「おか、えり」

「うん、ただいま!ちょっと遠出してきちゃった。お土産買ってきたからねー」

彼女はあの後すぐチケットを取り、翌日には新幹線に乗って目的のテーマパークに行ったのだと言う。
いそいそとキャリーケースを片付けて、楽しげに土産物を取り出してる。

「今週はチアキいないんだー、って思ったら”じゃあ1人で行けるとこまで行ってみよう!”って
思いついてね。弾丸だったけど、めちゃくちゃ楽しかったよー!」

「……それは、よかったな」

テンション高くいきいきと上機嫌な彼女に反して、ごく低いテンションでぐったりした声の俺の返答に、彼女が首を傾げた。

「チアキ、なんか元気ない?」

「そりゃあ、この2日間君に会えなかったから……って、俺から言い出したんだけど」

「そうだねえ。マンネリ予防?だっけ、効果ありそう?」

「いや……それ以前に何日も何日も君に会えないの、俺は無理だ」

ふるふると、首を振った俺の頬を彼女の指がそっと撫でてくれた。

「そっか。1人で、つまらなかった?」

「つまらないも何も、息ができなくなりそうだった。ごめん!変な提案して」

「いいよ、私もチアキがいなくてさみしかったから、今日会えて嬉しさ倍増したし。
それに楽しい事もしてきたし、悪い事ばっかりじゃないよ」

「その、1人で行ったのか?テーマパーク」

「うん、前に友達とも行った事あるけど、今回は1人。
アトラクションも入れ替わってたし、次にチアキと行く時の下見も兼ねてね」

「え」

「チアキとだったらどう回ろうとか、何から乗ろうかとか考えながら回ってたから、ワクワクして楽しかったんだよ」

こういうところ。
あっという間にどん底から俺を引っ張り出してくれる、光の梯子のようなところ。
俺は絶対、彼女にはかなわないと思った。

マンネリ予防には、外デートと家デートの頻度を調節して、メリハリをつける事で解決しようって事になった。

「たまには遠出もしよう?今回行ったテーマパーク、休みとって一緒に泊りがけで行こうよ」

「ああ、来月にでも行こう」

「やったぁ、楽しみ!」

眼をキラキラさせて言う彼女が眩しくて、ドキドキした。
恋をしたのが彼女で、不器用な俺に付き合ってくれるのが彼女で本当によかった。

飄々としてて、次の行動が全然読めない君と、
思い詰めると妙な事をしでかしてしまう俺。

こんな俺達はマンネリ化なんか、未だ知らない。

 

 

RULE

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・喧嘩→仲直りします
・セクシャルな仄めかしあり
・設定ふんわり

 

RULE

 

「ねえ。そうやってチアキの機嫌、私に取らせようとしないで。」

冷たい一瞥とひどく平坦な声音を寄越した彼女は、踵を返して玄関へ向かった。
彼女が俺の前から立ち去ろうとしている。
その事実に、頭から氷水をかけられたかのように、ザッと体中から血の気が引いた。

「どこに行くんだ?!」

「近所のカフェ。……ごめん、ちょっとひとりで頭冷やしたいの。ちゃんと戻るから」

背中を向けたままそう言って、フラットシューズを引っ掛けるように履いて出ていく後ろ姿を俺は呆然と眺めるしかなかった。

こうなったきっかけは、つまらないものだ。

来月の連休中に彼女が予定を入れた。
と言っても全日ではなく、中1日だけ友人と出かけるのだという。

「友達が久々に誘ってくれて、チケット取ってくれててね。今から楽しみ」

ニコニコと上機嫌の彼女と反比例して、俺の気分はひたすら下降していた。

「へぇ、よかったな」

「チアキ、声が全然よかったなって感じじゃないよ」

友人と出かける、それはいい。
彼女にも付き合いというものがあるだろう。
社会生活を送る上で、俺だけにかまけてるわけには行かないし。
友人は大事にするべきだ。

でも、連休中は一緒に過ごせると期待してたところに肩透かしを食らったのは、面白くない。
さらに、行き先が本当はすこぶる気に入らない。

彼女が学生時代から好きなアーティストのライブに行くのだという。
これが、男性5人のバンドで人気も知名度もあり、全員容姿が整っている。
俺達よりやや年齢が上の世代だ。

(彼女は本当は連中みたいに年上で容姿が良くて、
才能にも恵まれてるような男が好きなのかもしれない)

こんな事をつい考えてしまって、胸が掻きむしられるようだ。
くだらない思考は追いやって、にこやかに送り出してやりたい。
そう思うのに、俺の声色と言葉は尖っていくばかりで。

「そんな事ないと思うけど?
だいたい、俺の声色なんて君の受け取り方の問題じゃないか」

「またそういう……。
相談しないで予定入れちゃったのは、ごめんね。それは私が悪かった。連休、楽しみにしてくれてたんだよね」

「君の気にする事じゃないよ。俺の事なんてほっといて、好きに楽しんでくればいい」

彼女は謝ってくれたのに、つい刺々しい言葉ばかり連ねてしまった。
こんな事が言いたかったんじゃないのに。


そしてキレた彼女に冒頭のセリフを投げて寄越され、今に至る。

(気を使って謝ってくれたのに、あんな言い方はないよな。それに、勝手に期待してたのは俺なのに、謝らせてしまった)

お互いの、連休についての認識の擦り合せ不足も良くなかった。
後悔が押し寄せる。
ぺたりと、玄関のラグマットにしゃがみこんで俯いた。

彼女と半同棲状態になってからそれなりに月日が経ったけれど、今日みたいな事は実は初めてじゃない。
たいてい俺が何かしらで気を揉んで、彼女に当たるような物言いをしてしまう。
それを彼女が宥めてくれて、俺が謝って終わる。
それがいつもの流れで、年中行事のようになってた。

(いい加減、愛想を尽かされたかもしれない)

ぞっと背筋が寒くなる。
彼女が本気で怒ったところは、初めて見た。

(彼女に捨てられたら、俺は)

足元から崩れていくような気がした。
彼女が俺の隣からいなくなる。想像するだけで無理だ。

居ても立っても居られず、リビングに駆け込んでテーブルの上の端末を手に取る。

『カフェにはもう着いた?
今日冷えるのに、上着も着ないで出たから心配だ』

画面をタップしてとりあえずそうメッセージを送った。
アプリの着信音が鳴り、彼女からの返信が来る。

『もう着いたよ。店内空調効いてるから大丈夫。
1~2時間で戻るから心配しないで』

怒らせたのにメッセージは返してくれる彼女は、改めて優しい。

(時間を見計らって、迎えに行こう)

俺は、重いのかもしれない。
恋愛の傾向というか、彼女への気持ちや行動というのが、たぶん重い方だと思う。

今だってほんの10分程度離れただけで顔が見たくなるし、彼女の告げた1~2時間が永遠みたいに感じる。
嫌われたんじゃないかと、不安でたまらない。
遅くなると連絡をもらって、待ち切れずに勤務先近くまで迎えに行くのも高頻度でやってしまう。

今まで彼女はこういう俺を笑顔で、或いは仕方ないなあと言いながら何だかんだ受け入れてくれてたから、甘えてしまった。

でも、わからない。
ちゃんと好きになったのも恋人になったのも彼女が初めてで、どう付き合っていくのが正解かなんて知らない。

焦燥感を抱えたまま、俺は1時間半を過ぎたら迎えに行く事に決めて、じっと時がすぎるのを待った。
やがて決めた時間が来て、俺は彼女のいるカフェに向かった。

徒歩10分のカフェは、普段から彼女とよく来ている場所だ。
迷いようもなく辿り着いて、建物の外からアプリでメッセージを送ってみた。

『迎えに来たよ。君の姿、ここからだと見えないな。どの辺りにいるんだ?』

『喫煙席だから、奥まったところにあるの。今片付けて外出るから、待ってて』

喫煙席?
彼女が煙草を吸うところなんて、見た事がないし匂いも感じた事がない。
ずっと一緒にいたつもりでも、知らない顔も知らない事もまだ、あるんだな。

脳内でそんな疑問を反芻してると、軽い足音と共に彼女が現れた。
まっすぐにこちらを見てくる瞳には、怒りの色は浮かんでなかった。

「迎え、ありがとう。ごめんね、チアキにキツい事言っちゃったから、頭冷やしたの。
ついでに、今日は久々に喫煙席でゆっくりしてきたよ」

「俺が悪かった。本当にごめん。君、煙草吸うんだな。知らなかった」

「家では吸わないよ。仕事の休憩中に、たまに電子煙草吸うの。
本当はやめようと思ってるんだよね、チアキと長く一緒にいたいしさ」

「え、俺?」

「うん。だって、私達ずっと一緒にいるんでしょ」

禁煙できたら褒めてねー、なんて何でもなさそうに笑って言って、彼女は俺より先に歩き出す。
歩幅を合わせて追いつくと、そっと伸びてきた指先が俺の手に絡んで、恋人繋ぎで手を繋ぐ形に落ち着いた。
数分、無言だった彼女が口を開いた。

「あのね、色々とごめん。サプライズでチケット取ってもらえて、嬉しくて舞い上がっちゃって。
チアキに気遣いできてなかったのは、ほんと良くなかったよ」

「そんなのいいんだ、普段君から大事にされてるのは、すごく感じてるから。
俺が勝手に嫉妬して、嫌な態度取ったのがいけないんだ」

「え、嫉妬って?」

「君、やっぱり気づいてないのか……。
君の好きなバンド、格好いい奴ばかりじゃないか。嫉妬しない方が無理があるよ」

「私がチアキよりもバンドの人達の方が好き、みたいに思っちゃったの?
そんな事ないよ。私が大切なのは、チアキだよ」

「わかってる。ただの、子供っぽい嫉妬だよ」

ぎゅう、と彼女の指に力が込められた。俺を離さない、と言ってるみたいに。

「ねえ、チアキ。ルール、決めておこう?また喧嘩しても、仲直りできるように」

「うん、俺もそうしたい。どんなルールにするんだ?」

「喧嘩して、どっちかがその場から離れたら、残った方は迎えに行くの」

「うん、それから?」

「迎えに行った帰り道は、手を繋いで帰ろう?今日みたいに」

「うん。俺も、それがいい。あと、」

チュ、と一瞬かすめるだけのキスを唇に落とす。

『帰ったら、この続きがしたい』

そう囁いたら、彼女の耳朶がほわりと朱を刷いたのが、たまらなく愛おしかった。