SCARLET

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
:本編ネタバレあり
・セクシャルな描写あり(行為の描写は回想にちらっと程度)
・ほぼ女攻め描写ばかり(苦手な人は逃げてください)
・設定ふんわり

 

SCARLET

 

透明感のある、赤いシロップに浸したような爪が、目の前でひらめく。
ついさっき俺の唇にチョコレートを一粒餌付けした彼女の指先には、
甘い匂いが移り香になって残っていて、どうしようもなく誘われる。

夕食の後、彼女が新作だというチョコレートを幸せそうに食べていた。
味見したいと言った俺に、手ずから食べさせてくれたのがついさっきの事。
チョコレートはもちろん美味かったんだけど、それ以上に綺麗に整えられた爪と、一瞬俺の唇に触れた指の感触の方が欲を誘う。

「チアキ?まだ食べたいの?」

「……うん」

指先を凝視する俺を不思議そうに見つめた彼女の問いに、上の空で返して手首を掴んで引き寄せる。
え、と驚いた声を上げる彼女にかまわず、その指に舌を伸ばした。

ちゅ、ちゅく。

ピチャ、ぢゅぅ、ちゅぷんっ。

はしたない水音が、やけにリビングに響く。
舌を這わせ、吸い付き、口に含み、舐めしゃぶった彼女の指は、とても甘く感じた。
舌で触れた瞬間だけ肩をぴくりと震わせた彼女は、特に咎めもせずに俺のする事を受け入れてるようだ。
それに気を良くして、人差し指と中指をまとめて口の中に含み、指の付け根も舌でまさぐりながら吸い立てた。

かたい爪の感触が、舌の奥を掠める。
ジェルネイルという装飾を施された彼女の爪は、いつも綺麗だ。
一定のサイクルでデザインを変えるそれは、確か水分で浮いたり剥がれる可能性があったはずで、こんなふうに口の中で唾液にまみれさせるのは本当は良くないんだろう。
だけど、今の俺は興奮してしまってやめられそうにない。

くるりと、彼女が手のひらを上向きにした。

「んぅっ……?!」

だけでなく、上向きになった中指が俺の口蓋をすり、と優しく撫でたのだ。

――ゾクリ。

背筋が甘美な快感に震えた。

彼女とこうなるまで知らなかったけど、俺はこの撫でられた部分が弱いらしい。
……スイッチの入った彼女からキスの主導権を奪われると、かなり早く陥落してしまうくらいに。

「んんんっっ!」

「そんなに、おいしい?」

密やかな声が、吐息と共に俺の耳に吹き込まれて身震いする。
ほんの少し前まで和やかに夕食をともにしていたリビング。
ロケーションは同じなのに雰囲気は一転して、睦言の気配がゆるやかに充ちていく。

「……んぅ、ん」

先程の問いかけに、口内に彼女の指を含んだままではうまく発音できず、くぐもった声を漏らしながら目線で頷くのが精一杯だ。

「そう。ねえ、すごい事になってる」

含み笑った彼女の視線が、俺の下肢に向けられた。
ボトムスの前立を、屹立が窮屈そうに押し上げてる。

「チョコレートって昔、媚薬だったんだってね。そのせいかなあ」

「っあ、」

「違う?私の指のせい?」

ちゅぽん、と口から彼女の指が抜き取られる。
俺の口端と彼女の指先を繋ぐ銀糸がとろりと垂れて、途切れた。

(とりあげないで、くれ)

夢中で味わっていたものを不意に取り上げられて、つい恨みがましく彼女を睨んでしまう。

「ごめんね?そろそろくすぐったくて」

ふふ、とおかしげに笑う彼女の眼にある色が浮かぶ。
俺にある種の”意地悪”をして、愉しむ時のそれだ。

「ねえチアキ。どうしたい?」

いっそ無邪気な雰囲気さえ発しながら、彼女が首を傾げた。

「……意地が悪いな、君は」

「いきなりこんな事されたんだもん、お返しだよ」

鼻先に、てらてらと俺の唾液で濡れそぼる指を突き出されて、ぐうの音も出なかった。

「……そういう君に」

「うん?」

「もっと。好きにされたい」

「いいよ」

承諾と共に、ヌルリと濡れた指が俺の口内に侵入してきた。

「じゃあ、もっとちゃんと舐めて?」

耳朶を甘噛みするちりっとした感触が走り、低く蕩けた彼女の声がそう告げた。
語尾は疑問形を取っているが、実質は”命じる”に近い声音だ。

頭の芯がジンと痺れる。

もう、余計な事は考えられない。

君のその指先と、艶めく声、猥雑な手管に、今夜も翻弄されて溺れていく。

 

 

LION HEART

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
:本編ネタバレあり
・セクシャルな描写あり(行為の描写は回想にちらっと程度)
・ほぼ女攻め描写ばかり(苦手な人は逃げてください)
・設定ふんわり

 

LION HEART

 

「はぁ……かわいー」

スマホで動画鑑賞中の彼女が呟いた。
ここのところ、お気に入りのチャンネルに日参するのが日課だから、今日もそれが始まったんだろう。
イヤホンで視聴してるから、俺には音声は聞こえない。
彼女の声だけが聞こえる状態だ。

「ほんっと、かわいいなお嫁さん。いいなあ……」

小声ながらうっとりとした声に、思わずピクッと肩が跳ねた。

いや、よくあるアレだ。
かつて(今も?)日本では社会生活に疲れた、自立した女性が、時に『お嫁さん欲しい』と零してたらしいから。
だから多分、そういうアレなんだろう。

ましてや彼女はお姫様ってタイプではなくて、あの島で看守に誘導されて遊んだゲームブックの”勇者様”ってポジションが異様にしっくり来るくらいだ。
昨今の情勢に相応しくない言い方をすれば、男前。
いや、もはや漢前なところがある。
それも相まって、かわいいものに癒やしを求めるのは摂理なのかもしれない。

(いや、俺にはかわいいと思えるところもあるんだけど。あれは、俺の前限定だったら嬉しい……じゃなくて。
とにかく、こんな事で噛み付くのは、大人げない)

俺はあまりしっかり観た事はないが、そのチャンネルは家族の日常をメインに投稿していて、それなりに有名みたいだ。
夫婦2人と、うろ覚えだがフェレットと何か小動物も飼っていたはず。
全員いわゆるキャラ立ちは強いようだが、中でも彼女が気に入ってるのが、その家族の中の奥さんに当たる人らしい。

彼女いわく「性格がおっとりしててかわいくて面白いし、家事が上手で、最高」との事だが正直面白くはない。

日常生活ではほぼ絶対、会う機会も接点もない人物。
さらに相手は既婚者で同性、そして俺がいるんだし彼女と何か起きるなんて可能性は恐らく万に1つもないだろう。
それでも俺以外の他者に彼女が関心を示して、手放しで褒めてるのはわりと嫌だ。

「……なあ」

「うん?なあに、チアキ」

「俺だって、家事は一通りできる。仕事を在宅メインにして、毎日仕事から帰ってくる君のために掃除や炊事をこなす事だってやろうとすれば可能だ。日本語だとカヨイヅマ、とか言うんだっけ?」

「んん?ああ、通い妻ね。うん、そういう言葉もあるね」

「君のためならカヨイヅマでも何でもやるから。だから、よそ見しないでくれ」

「あー、あのねチアキ。今はさ、推しにはしゃいでるのが楽しい時期で、そのうち落ち着くやつだから。あんまり気に病まないで?」

「わかってるよ。でも、俺以外に君の気を引くものがあるのが嫌だ」

特にその”推し”とかいうやつ、嫌だ。
俺とは別次元に好きでいる感じが、何だかものすごく気に食わない。
狭量に、恋人の心の機微のそんなところまで束縛したいわけじゃないけど、感情が抑えられない。

「……俺には、君だけなのに」

「そっか、わかった。私が悪かったよね、ごめん。
もう今日は観ないから。ね?」

彼女がイヤホンを外しスマホを置いて両腕を広げて、俺を促した。

今日は、っていうのがちょっと引っかかるけど、とりあえず俺の方を向いてくれたからいい。
遠慮なく抱きついて、甘い匂いのする首筋に顔を埋めた。
彼女の手がそっと伸びてきて抱きしめられ、ゆっくり優しく俺の髪を撫でてくれる。
その指先の温かさと快さに、うっとり溺れてたこの時の俺は知らない。

彼女の唇が音を立てずにニヤリと弧を描いて、『やっぱり、チアキの方がかわいい』と呟いた事も。
無意識に彼女の中の獅子を煽ってて、その夜美味しく捕食されてしまう事も。

 

purgatorium

・島を出た後の二人(どのENDでもありません)
・チアキ視点
・主人公に特殊な独自設定あり
・軽度ながら暴力表現あり
・捏 造 過 多
・細部はフワッとしてます
・END3のIFのようなイメージですが闇深めです
・色々特殊なので何でも読める方以外閲覧非推奨です

 

 

だからその手を離して

だからその手を離して

 

ユーゴの墓標の前での再会。
エモーショナルな場面のはずだが、振り返った彼女は驚くそぶりなく俺を一瞥して、髪を掻き上げた。

「……驚かないんだな」

「そうだね。私はチアキの知ってる”私”じゃないの」

それは、奇妙な言葉だった。
そして、この場には何だか似つかわしくない気がする。
ひたと俺を見つめる彼女は、あの島で、離れた後で狂おしいほど焦がれた姿と相違ない。
それなのに、どこか透明で手が届かないような感じがした。
奇妙に胸がざわつき、心拍が上がる。
これは、緊張によるものだ。

「君は……君だろ?俺を、助けてくれた」

「あの島にいた私は、今の私とは違う。
都市部で働いて時には帰宅の遅くなる、どこにでもいる平凡な成人女性。
チアキを見つけたそういう”私”は私じゃない。あれは、ただの設定だから」

「設定?」

「あの時期は待機期間だった。私の『勤め先』の指示で、”私”に扮していただけ。
しばらくしたら本来の仕事に取り掛かるはずだったのが、あの夜で全て狂ったの」

「それは、もしかして俺のせい?」

「正確には違うけど、きっかけはチアキと会った事だね。
あの島は治外法権で、不自由だけど自由でよかったよ。
離島だから『勤め先』もこっちに手が出せなかったし。
できるわけないけど、ずっと居てもいいくらいには好きだった。
……今日、ここにはね、仕事を辞めてから来たの」

「君が、仕事を?」

口の中が異様に渇いて、オウム返しに彼女の言葉を反復する。
だめだ。思考がまとまらない。

この女性は、俺の知ってる彼女であり、その彼女ではない。
それだけは確かなようだった。

「今日、チアキとちゃんとお別れするためにね。
……もう想像ついてるかもしれないけど、私は完全に闇の住人だよ」

彼女の表情にはどんな感情も宿ってなくて、瞳は昏く光を無くしていた。

その様子は、彼女の言葉が真実であると裏打ちしているかのようで。
数歩こちらに踏み出してきた彼女の手を、反射的につかんだ。
黒で統一された衣服の下、柔らかな肌と温かい体温を感じる。
俺の片手に収まってしまう華奢な手に、初めて触れたときめきよりも、違和感が勝った。

(足音が、しなかった)

草を踏む音、土を蹴る音、かすかでもそれらのどれかの音は普通、するはずなのに。

あの島で、たまに遅れて面会室に「ごめんなさい!」と駆け込んでくる彼女は、パタパタと軽い足音を立てていた。
それに、面会室のある建物を出て宿泊施設へ戻る姿を見送った時も、後ろ姿とかすかな足音を名残惜しく何度か見送った事がある。

あれは、全てが演技だった?
足音も、仕草も、邪気など全く感じない屈託のない表情も、あの全てが創り上げられたもの?
馬鹿馬鹿しい。そんな事あるはず、ないじゃないか。

「黙って辞めてきたから、明日か5分後には頭が吹き飛んで死ぬかもしれないね」

「やめてくれ!」

天気の話でもするみたいにひとりごちた彼女を、強く遮った。

「ああ、ごめんなさい。こういう話、嫌だよね。
でもね、私はそういうのが日常の世界で暮らしてきたし、その枠の中で死ぬ。
それが、明日か5分後か、数年後かの違いなの」

「……君は」

「私は、チアキが好きだよ。それは本当。
今の私も、島での私も貴方が好きなのは変わらない」

「っ」

「お願い、手を離して。私と居たらダメ。貴方ならわかるはずでしょう」

「でき、ない」

ぎゅうと、すがるように華奢な手を握りしめてしまう。
ミシリと骨に食い込む音が聞こえるかのようだ。
痛みがあるはずなのに、彼女はまるで意に介してないように淡々と言葉を紡ぐ。

「チアキを好きな私のままで限界まで生きて、
闇の世界からは離れた場所で逝きたいの。
それが、今の私の心からの願い」

「俺は、」

「ねえ、チアキ。お願い」

待ってくれ。君のそんな甘い声を、今ここで、こんな場面で聴くなんて。
そんな優しい甘えるような蕩けた声、あの島でも電話でも聴いた事なんてない。

動揺する俺に、彼女は感情の凍った声音で死刑宣告をくれた。

「だからその手を離して」

 

 

それでもこの手を離さない

それでもこの手を離さない

 

俺は、かぶりを振った。
そんなつもりはないけど、眉の寄った険しい表情になっていたかもしれない。

「できない。今君の手を離したら、二度と会えないだろ」

「それは……そうだね。最初からそのつもりだったし」

それは、俺の空の墓標に別れを告げて、ひとり姿を永遠に消すつもりだったという事に他ならなかった。
この彼女なら、俺の生存の可能性に気づいていたかもしれないのに。

「君は、ひどいな」

「そう?お互い様じゃない」

くすりと、彼女がひとひらの笑いをこぼした。
大人の女性らしい落ち着いた笑い方は、彼女本来のそれなのかもしれない。
あの島での、いとけない朗らかな彼女は本当に、この”彼女”が扮していただけのもの?
胸がギュッと痛くなった。
いや、あの彼女もこの彼女の一部ではあったはずだ。
それに、こうして対峙して触れてしまえば、やはり彼女と離れたくないと強く思う。

「私、乱暴なのは好きじゃないの」

「……ごめん。痛い思いさせて」

彼女の手をきつくつかんだままだった。
それでも離すわけにはいかないから、ほんの少しだけ力を緩めた。

「そうじゃなくて、私がこれからする事の話だよ」

困ったように、彼女が眉尻を垂れ下げる。

「どういう……ぐぅっ!?」

「ごめんなさい」

ゴッ、という音と共に、みぞおち付近にかなり強烈な振動を浴びた。
叩き込まれたのが彼女の拳だと、地面に崩れ落ちてから知った。
彼女の利き手らしい握り込まれた右手には、何かの金属がはめられていたが、それが何だか知る術はない。

「こうでもしないと、離してもらえなかったから。
最初で最後だけど、痛い思いさせてごめんなさい」

小さく頭を下げた彼女は、眉を下げた困り顔のまま俺に微笑んで、踵を返した。

髪がふわりと風に靡いた。
場違いだけど、それを『美しい』と思った。

ああ、後ろ姿だ。
今日声をかけるまで、じっと眺めていた姿。
それを眼に映しながら意識を飛ばしかけて、二度と会えない可能性に思い至った。


(嫌だ!!!)


「っ、えっ!」

「かないで、くれ……」

地面に倒れ込んだまま、限界まで手を伸ばして彼女の踵にやっと触れた。

「うそ、どうして」

「おねがい、だ。俺から、はなれないで」

「……私、腕が鈍っちゃったかな」

普通は気絶するのに、と当惑した呟きが聞こえる。
もちろん撲られた箇所は猛烈に痛いし、正直気絶しかけたけど、たぶん彼女は場所を少し外したんだと思う。
それが俺への恋慕なり情なり執着なり……いずれにしろ、俺に向けられた感情ゆえであったら、嬉しい。

「行かない、で」

「でもね、私と一緒にいると物騒な事ばかりだよ?
また痛い思いもするかもしれない」

「……そんなの、いい。どうだって」

「今の私は、島にいた時の
『お人好しで屈託なくて、ちょっと抜けててすぐ赤くなるような感情豊かな』
私じゃないよ。それなりに賢しくて手も口も回って、荒事と汚れ仕事が生業。
それが私」

「君じゃないと、いやだ」

「……一緒にいるなら、『勤め先』は変えるけど仕事は前と同じままで、
護るために私はチアキの事をどこかに閉じ込めると思う。
また囚われの身に逆戻りしちゃうんだよ。普通の生活なんてもうできなくなる。
それで、貴方はいいの?」

「君なら……構わない。一緒にいたいんだ」

「今なら、戻れるよ。その手を引っ込めて、目を閉じたら、
次に起きた時には私は消えてるから。これが最後のチャンス」

「いやだ……離さない」

――じゃあ、地獄の底の底までずっと一緒だね。

そう囁いた彼女に、そっと抱きしめられて俺は意識を手放していた。
きっと、次に目覚める時には彼女の檻に抱かれて、愛されて眠る。
そんな日々が始まるんだろう。

君が君でさえいてくれれば、いい。
どんな事が起こっても
君がどんな人であっても、
それでもこの手を離さない。

 

 

 

sleepy

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・色々ネタバレ有(テレフォンや差し入れ、エンドレスモードでのやりとり含む)
・セクシャルな仄めかし僅かに有
・設定ふんわり

 

sleepy

 

結構有名所のはずだけど、記憶にあるキービジュアルとは違う気がする。
彼女から手渡されたディスクのパッケージを眺めて、思案する。

「これね、映画の方じゃなくて、その後作られたドラマ版なの」

俺の疑問に答えるように彼女が言った。

「なるほど、俳優が違うんだな」

「そうだね、キャストも違うし雰囲気も結構違うよ。
私はこっちの方が好き」

そう笑う彼女はパジャマを着て、ベッドの掛布の下に身体を潜り込ませてる。
彼女曰く、【観ながら寝落ちできるホラー】らしい。

どうしてホラーなのかと言えば、彼女が友人知人から【ホラーマニア】と他称されるぐらいにホラー作品が好きだからに他ならない。

『マニアって言われるほどかわからないけど、有名所もB級も問わずに3桁は観てるかな』
なんて言ってたけど、それは充分にマニアと言われていいと思う。


「前に映画観ながら寝ちゃったの、ちょっと気にしてるでしょ」

「うーん……それは、まぁ」

彼女の指摘通り、以前家デートに誘った時に映画を観ながら熟睡してしまい、
挙げ句軽い喧嘩にまで発展したのは失態だったと思ってる。

「これ、ストーリーもいいし普通に観るのもおすすめなんだけど。
こうやって、ベッドの中で寝落ち前提で観るのもいいよ」

彼女の寝室には、通販サイトのセールで買ったという小さめなプロジェクターがある。
電気を消して、ベッドの向かい側の壁に投影して映画鑑賞するスタイルがお気に入りらしい。

「私も寝ちゃうかもしれないし、チアキも眠くなったら寝ちゃって大丈夫。
明日起きたら一緒に続き観よう?」

「それは、いいけど。君、これ前にも観てるんじゃないのか?」

「観てるけど、私同じ作品何回でも観るタイプだからいいの」

促されて、ディスクを機器にセットしてからベッドにいる彼女の隣に潜り込む。
隣からほのかに伝播してくる温かさが心地いい。
彼女がリモコンを操作して、映画を再生した。

――それから、1時間が経過するかしないかのうちに、彼女は意識を手放した。

隣で船をこぎ始めた彼女の頭を抱えて、俺にもたれさせてからは早かったと思う。
座った姿勢を維持できなくなって、枕に頭を移した彼女からすぅすぅと寝息が聞こえるまで、ほんの数分だった。

春先とはいえ、まだ夜は冷える。
彼女の肩口まで掛布を引き上げて、俺は映画の続きを鑑賞する事にした。

主要な登場人物の1人は一見穏やかだけど精神的にアンバランスなようで、
端々に緊迫したような雰囲気がある。
ホラーらしい音響も使用されていて、ところどころドキリとするけど、彼女がそれらで目を覚ます気配はない。

「ん……」

わずかに身じろぎした彼女が、俺に身体を擦り寄せた。

「!」

体温の高い俺に暖を求めてなのか、するりと俺の腰に彼女の腕が回る。
柔らかい感触に、ひどく動揺した。
一瞬起きてるのかと思ったけど、規則正しい寝息がその思考を否定してくる。

(これは……ちょっとまずいな)

ちょうど、俺の腹斜筋あたりに彼女の手が置かれてるんだけど、
これがくすぐったいというか……性感を引き出されそうで困る感触だ。

思い悩んだ挙げ句、彼女の手を取ってそっと繋ぐ。
そうしたら、今度は細い指が俺の指に絡むようにするりと握り返された。
外出時や、ソファで隣に座る時の繋ぎ方と同じ。
だから、無意識に彼女はそれをトレースしてるんだろうけど。
チラリと様子を伺えば、やっぱり彼女は熟睡してる。

(これはこれで、いいけど困る)

意識がなくても、俺の手を求めてくれてるみたいで、ドキドキする。

その頃、壁に投影された物語は、山場の1つを迎えていた。
束の間の平穏を切り取ったかと思えば、予想外の事態が起きるぞっとするようなシーン。
やがて、ディスクを入れ替えるように画面に指示が出たが、ベッドを離れると彼女が目を覚ますかもしれないと思って躊躇した。

(君も俺が眠ってしまった時、こんなふうだったのかな)

きっと彼女の事だから、俺を起こさないように気を使いながら
1人で続きを鑑賞していたんじゃないかと思う。

この作品は、彼女が勧めるだけあって良い。
ストーリー性があり、ホラーの側面もあるがヒューマンドラマ寄りな気もする。
続きは当然気になるんだけど、彼女を起こしたくないし、何より隣の温かさを抱きしめて眠りたい気持ちも大きくなってきた。

少し迷ったのち、俺はリモコンでプロジェクターと再生機器の電源を落とした。
照明は消してあったから、部屋にはとたんに闇が満ちる。
目が慣れた頃を見計らって彼女を引き寄せて、腕の中に抱き込んだ。

(続きは、起きてる君と楽しもう)

そう思いながら、穏やかな眠りに身を預けた。

 

xxx

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・色々ネタバレ有(テレフォンや差し入れ、エンドレスモードでのやりとり含む)
・セクシャルな仄めかし僅かに有
・設定ふんわり

 

xxx

――甘い。

ぺろり、と己の唇を舌先で辿ってかすかな甘さを味わう。
彼女の滑らかなうなじに手を添えて引き寄せると、手の甲をサラサラと髪が撫でた。
ちゅ、ちゅ、と角度を変えてしっとりした唇を何度か啄む。

柔らかい。
甘い。あまい。
やめられない。

「……ねえ、塗ったのに取れちゃう」

彼女の指が俺の肩にかかって、やんわりと続きを阻まれた。

「ごめん、つい」

「もう」

怒りよりもやや呆れを孕んだ表情で、彼女は俺の胸をトン、と押して身体を離した。
そのまま踵を返して、テーブルの上のメイクボックスを開いて何やら物色してる。

スキンケアの一環で、彼女が唇に塗るそれ。
リップスクラブというものらしい。

最初にそれを知ったのは、スクラブを使用後のツヤツヤした唇にそれとは知らずに
引き寄せられて思わずキスした時。
商品名にシュガースクラブと謳っているだけあって、キスした唇はほんのりと甘かった。
艶めいてしっとりした、文字通り甘い唇を味わうのが楽しくて、
それから何度となく今日みたいなやりとりをしてる。

せっかく施したスクラブが剥がれて塗り直しになってしまうので、
彼女には呆れられたり叱られたりするが、どうしてもやめられない。

腕の中からぬくもりが離れてしまったのが不満で、彼女の後を追い背中から抱きしめた。

「どうしたの、チアキ。なんだか今日、甘えてる?」

「前に、たまには甘えていいって言ってくれたじゃないか。
それに君がそんな、美味しそうな唇してるせいもあるんだけど?」

「美味しそう、って。確かにあれ、甘いけどさあ」

美味しいかなあ?とか呟いて、不服そうに眉を寄せたのがかわいくて。
たまらなくなって、抱きしめて閉じ込めた細い肩に額を擦り寄せた。

「君の唇だから、そう見えるんだ」

「チアキのそのね、キスしたくなっちゃうのぜんぶ私のせい、
みたいに言うやつ。よくないと思います!」

「なんで敬語……はあ、ほんとかわいいな」

「ちょっともう、さっきからくすぐったい」

ぐりぐりと額を擦り付けたら、くすぐったがった彼女がゆるく俺の袖を引く。
……やっぱり、無意識に俺を誘うようなことをする君のせいだと思う。
俺の腹の底の欲望が底なしなせいも、もちろんあるけど。

ちゅ、と花と果物の混じった香りのうなじに唇を落としながら、
今夜はどう彼女を堪能しようかって、もうそれしか考えられなかった。