Look at only me

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

Look at only me

 

「~~そうじゃなくて!」

「えっ、嫌だった?」


焦れて、唐突に荒げた声を出してしまった。
本の世界に没入してた彼女は、そんな俺に驚いてる。

彼女がずっと欲しがってた、希少な映画の原作の本が入荷したと嬉しそうに本屋を経由して帰宅してきたのが数時間前。
今日は週末だからじっくり読書に勤しむのだと、入浴や夕食もそこそこに本の世界へ旅立ってしまった。
タンブラーに温かい飲み物も準備して、フワフワしたやわらかそうな部屋着に着替えて、準備万端なのはいいと思う。

(でも、何時間も放置されるのはつらい)

俺自身も本の虫だから、彼女の気持ちは理解できるつもりだ。
ずっと待ってた本って、一気に読んでしまいたいよな。

だから、最初は俺も床のラグマットに座る彼女と並んで本を読んでいた。
好きな作家の原書とか、それなりに話題になってる新書とかいくつか。
でも、せっかく隣に彼女がいるのに。
風呂上がりで温かくて、いい匂いのする彼女がいるのに、全然俺の方を向いてくれない。
さりげなく後ろのソファに移動して髪を触ったりしてみても、何ら反応はない。

(……つらい。少しくらい、構ってくれてもいいんじゃないか?)

島の収容所にいた頃、彼女からのメッセージや彼女との面会を心待ちにするようになって、彼女限定で俺は構って欲しがりなんだと自覚した。
あの事件の前の俺だったら考えられないけど、事実だ。

こんなふうで、よく1年離れていられたなと我ながら思う。
そして、俺の『彼女限定構って欲しくてたまらない病』は、再会してから悪化の一途を辿ってる。
俺以外に彼女の気を引く何か、人であれ物であれ、何らかの作品であれ、そういうのがあるのが面白くない。

いい加減我慢できなくなって、目の前にある彼女の肩をそっと掴んだ。
抵抗されないのをいい事に、そのまま背後から抱きすくめて、うなじに顔を寄せた。
すっと彼女の右手が持ち上がり、そのまま俺の前髪を優しく撫でてくれる。
やわらかな、いつもどおりの手つき。
ただし、視線は悲しいかな本に向けられたままだ。

(き、君って人は……)

器用だなという謎の感心と、撫でてくれた嬉しさとが拮抗して一瞬声が詰まったけど。
もう我慢の限界で、つい声を荒げてしまったんだ。


「違う、撫でてくれたのは嫌じゃないんだ。嫌じゃないけど、それより俺の方を向いてほしかった……」

先程の勢いはなく、自分でも驚くくらい萎れた声が出た。
抑えようにも眉尻が下がるし、これ以上カッコ悪い事を口走らないように口元を引き結んだせいで、なんだか情けない顔になってる気がする。

「あーー……、ごめんね?またやっちゃった、ほんとごめん」

振り返って俺を見た彼女は、立ち上がるとその胸に抱き寄せてくれた。

「いいんだ、待ってた本なんだろ?夢中になるのはわかるよ、でも」

「ううん、2人でいるのに寂しくさせちゃったのはダメだった。チアキ、ごめんね」

彼女にぎゅうと抱き締められて、ホッとした。
実は前にも似たような事はあったんだ。
その時は今ほどじゃなくて、俺がアクションを起こせばちゃんと反応が返ってきた。
今日は、かなりの没入ぶりだったな……。

「もうしない、って言い切れないから今のうちに頼んどくね。
チアキ、私がまたこうなってたら遠慮しないでもっと主張して?」

「……わかった」

「読書、続きはもう明日にするよ。チアキ、膝枕する?ホットミルク飲む?」

わかりやすく甘やかそうとしてくれる彼女に、俺の機嫌はあっさりと上向きになる。
我ながら現金だ。
多趣味で読書家の彼女と一緒にいるなら、今日のような事がまた起こるのはもう仕方ない。
その都度『俺を見てくれ』とあけすけに主張するのは気恥ずかしいけど、そんな事で君が俺を見てくれるなら安いものだと思う。
だから、俺は今目の前に差し出された愛情にめいっぱい胡座をかく事にした。

「ホットミルク、飲みたい。はちみつ入れたやつがいい」

「うん、わかった。膝枕はいいの?」

「ホットミルク飲んでから、してくれないか?」

「いいよ、了解」

宣言通り、はちみつ入りのホットミルクを用意してもらって、その甘さに心癒やされて。
彼女の膝枕でウトウト微睡みながら、綺麗な指に髪を撫でてもらう時間は至福だった。

 

 

overdoing

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

overdoing

 

あんな事、言うんじゃなかった。

『ここのところ、君の家に入り浸りすぎたみたいだ。
一週間くらい、来るのは控えるよ。マンネリっていうのの予防にさ』

『そう?わかった』

本心はそんな事したくなくて、いつも通り彼女と一緒に過ごしたかった。
あれは、思いつきで、完全に勢いで提案した事だった。
何ならちょっと「嫌だよ、そんなの!」とか、彼女からゴネられないかって期待してた。
そんな期待も虚しく、あっさり彼女に承諾されてしまい今に至る。

俺が益体もない提案をしたのが金曜、土曜を過ぎて今は日曜の午後だ。
まだ3日も経ってない。たかが2日、されど2日だ。

淡々と時間は流れて行き、惰性で仕事や家事はこなしたけど、1人で過ごす何もかもが味気ない。
付き合い出してからのこの数ヶ月は本当に、ほぼ毎日のように彼女の家で過ごしていた。
俺の家に彼女が来る事ももちろんあったし、仕事の都合で外デートをして夜には解散、
って日も片手で数えるぐらいにはあったと思う。

もう一緒に住んでいいんじゃないかって俺は思ってるけど、恋人になってからは半年と少し。
彼女には、気が早いと思われてしまいそうだ。
お互いの部屋にそれぞれの私物や服がちょっとずつ増えていく、くすぐったい感じをまだ楽しみたい気持ちもある。

ずっとべったり一緒にいたのに、俺があんな提案をしたのは理由がある。
少し前にweb会議のついでの雑談で、仕事の同僚が言ってた事がどうしても気になってしまったからだ。

『そうなんだ。オレと彼女は、ちょうどいい距離感だよ。
休日でも会わない時もあるし、そういう時はお互い好きな事して過ごしてる。
ずっと一緒にいすぎて相手に気疲れさせたり、関係がマンネリ化したら嫌だなって思うとね』

いつだか、恋人同伴で俺を食事に誘ってくれた彼に彼女との近況を話したら、返ってきた答えがこれだった。
もちろん彼には悪気なんてなく、ごく一般的な意見と、自身の恋人との関係性を話してくれただけの事。
情緒的に成熟してる彼からの言葉に、勝手に泡食ったのは俺だ。

(嫌だ。彼女に飽きられるのも、べったりしすぎて疲れられるのも本意じゃない)

そう思って、突発的にした提案だった。
今思えば、望んでない心にもない提案で、ほんと失策としか言いようがない。

(だけど、もう堪えられない)

彼女不足で、もう限界だった。
もう1分だって嫌だ。1秒だって長い。

自分から言い出したのに、3日も持たずに彼女の家へ向かう。
息せき切ってチャイムを押したが、果たして彼女は不在だった。
合鍵を使って、勝手知ったる彼女の家へ上がる事にする。

もらってはいたけど、使うのはほぼ初めてな合鍵。
初めての、家主不在の家への訪問。
この家での1人きりの時間なんて、経験した事がない。

(初めてな事ばかりで、どうしたらいいかわからないな……)

何となくおっかなびっくり、リビングの床に膝を抱えて座り込んだ。
彼女のいないソファに腰掛けるのは、なんだか違う気がして。

日曜の午後なのに、不在にしてるのは珍しい。
彼女は次の日が仕事だからと、出かけずにいるのが常なのに。

(どこに行ったんだろう。今誰といるんだろう)

メッセージアプリで訊けばいいのに、『今、どこにいる?』のその一言が訊けない。

カチャリ。カチャ、ガチャ。

解錠される音と共に、彼女が帰宅した。
キャリーケースを引いて。

「ん、チアキ来てたんだ?いらっしゃい」

「おか、えり」

「うん、ただいま!ちょっと遠出してきちゃった。お土産買ってきたからねー」

彼女はあの後すぐチケットを取り、翌日には新幹線に乗って目的のテーマパークに行ったのだと言う。
いそいそとキャリーケースを片付けて、楽しげに土産物を取り出してる。

「今週はチアキいないんだー、って思ったら”じゃあ1人で行けるとこまで行ってみよう!”って
思いついてね。弾丸だったけど、めちゃくちゃ楽しかったよー!」

「……それは、よかったな」

テンション高くいきいきと上機嫌な彼女に反して、ごく低いテンションでぐったりした声の俺の返答に、彼女が首を傾げた。

「チアキ、なんか元気ない?」

「そりゃあ、この2日間君に会えなかったから……って、俺から言い出したんだけど」

「そうだねえ。マンネリ予防?だっけ、効果ありそう?」

「いや……それ以前に何日も何日も君に会えないの、俺は無理だ」

ふるふると、首を振った俺の頬を彼女の指がそっと撫でてくれた。

「そっか。1人で、つまらなかった?」

「つまらないも何も、息ができなくなりそうだった。ごめん!変な提案して」

「いいよ、私もチアキがいなくてさみしかったから、今日会えて嬉しさ倍増したし。
それに楽しい事もしてきたし、悪い事ばっかりじゃないよ」

「その、1人で行ったのか?テーマパーク」

「うん、前に友達とも行った事あるけど、今回は1人。
アトラクションも入れ替わってたし、次にチアキと行く時の下見も兼ねてね」

「え」

「チアキとだったらどう回ろうとか、何から乗ろうかとか考えながら回ってたから、ワクワクして楽しかったんだよ」

こういうところ。
あっという間にどん底から俺を引っ張り出してくれる、光の梯子のようなところ。
俺は絶対、彼女にはかなわないと思った。

マンネリ予防には、外デートと家デートの頻度を調節して、メリハリをつける事で解決しようって事になった。

「たまには遠出もしよう?今回行ったテーマパーク、休みとって一緒に泊りがけで行こうよ」

「ああ、来月にでも行こう」

「やったぁ、楽しみ!」

眼をキラキラさせて言う彼女が眩しくて、ドキドキした。
恋をしたのが彼女で、不器用な俺に付き合ってくれるのが彼女で本当によかった。

飄々としてて、次の行動が全然読めない君と、
思い詰めると妙な事をしでかしてしまう俺。

こんな俺達はマンネリ化なんか、未だ知らない。

 

 

RULE

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・喧嘩→仲直りします
・セクシャルな仄めかしあり
・設定ふんわり

 

RULE

 

「ねえ。そうやってチアキの機嫌、私に取らせようとしないで。」

冷たい一瞥とひどく平坦な声音を寄越した彼女は、踵を返して玄関へ向かった。
彼女が俺の前から立ち去ろうとしている。
その事実に、頭から氷水をかけられたかのように、ザッと体中から血の気が引いた。

「どこに行くんだ?!」

「近所のカフェ。……ごめん、ちょっとひとりで頭冷やしたいの。ちゃんと戻るから」

背中を向けたままそう言って、フラットシューズを引っ掛けるように履いて出ていく後ろ姿を俺は呆然と眺めるしかなかった。

こうなったきっかけは、つまらないものだ。

来月の連休中に彼女が予定を入れた。
と言っても全日ではなく、中1日だけ友人と出かけるのだという。

「友達が久々に誘ってくれて、チケット取ってくれててね。今から楽しみ」

ニコニコと上機嫌の彼女と反比例して、俺の気分はひたすら下降していた。

「へぇ、よかったな」

「チアキ、声が全然よかったなって感じじゃないよ」

友人と出かける、それはいい。
彼女にも付き合いというものがあるだろう。
社会生活を送る上で、俺だけにかまけてるわけには行かないし。
友人は大事にするべきだ。

でも、連休中は一緒に過ごせると期待してたところに肩透かしを食らったのは、面白くない。
さらに、行き先が本当はすこぶる気に入らない。

彼女が学生時代から好きなアーティストのライブに行くのだという。
これが、男性5人のバンドで人気も知名度もあり、全員容姿が整っている。
俺達よりやや年齢が上の世代だ。

(彼女は本当は連中みたいに年上で容姿が良くて、
才能にも恵まれてるような男が好きなのかもしれない)

こんな事をつい考えてしまって、胸が掻きむしられるようだ。
くだらない思考は追いやって、にこやかに送り出してやりたい。
そう思うのに、俺の声色と言葉は尖っていくばかりで。

「そんな事ないと思うけど?
だいたい、俺の声色なんて君の受け取り方の問題じゃないか」

「またそういう……。
相談しないで予定入れちゃったのは、ごめんね。それは私が悪かった。連休、楽しみにしてくれてたんだよね」

「君の気にする事じゃないよ。俺の事なんてほっといて、好きに楽しんでくればいい」

彼女は謝ってくれたのに、つい刺々しい言葉ばかり連ねてしまった。
こんな事が言いたかったんじゃないのに。


そしてキレた彼女に冒頭のセリフを投げて寄越され、今に至る。

(気を使って謝ってくれたのに、あんな言い方はないよな。それに、勝手に期待してたのは俺なのに、謝らせてしまった)

お互いの、連休についての認識の擦り合せ不足も良くなかった。
後悔が押し寄せる。
ぺたりと、玄関のラグマットにしゃがみこんで俯いた。

彼女と半同棲状態になってからそれなりに月日が経ったけれど、今日みたいな事は実は初めてじゃない。
たいてい俺が何かしらで気を揉んで、彼女に当たるような物言いをしてしまう。
それを彼女が宥めてくれて、俺が謝って終わる。
それがいつもの流れで、年中行事のようになってた。

(いい加減、愛想を尽かされたかもしれない)

ぞっと背筋が寒くなる。
彼女が本気で怒ったところは、初めて見た。

(彼女に捨てられたら、俺は)

足元から崩れていくような気がした。
彼女が俺の隣からいなくなる。想像するだけで無理だ。

居ても立っても居られず、リビングに駆け込んでテーブルの上の端末を手に取る。

『カフェにはもう着いた?
今日冷えるのに、上着も着ないで出たから心配だ』

画面をタップしてとりあえずそうメッセージを送った。
アプリの着信音が鳴り、彼女からの返信が来る。

『もう着いたよ。店内空調効いてるから大丈夫。
1~2時間で戻るから心配しないで』

怒らせたのにメッセージは返してくれる彼女は、改めて優しい。

(時間を見計らって、迎えに行こう)

俺は、重いのかもしれない。
恋愛の傾向というか、彼女への気持ちや行動というのが、たぶん重い方だと思う。

今だってほんの10分程度離れただけで顔が見たくなるし、彼女の告げた1~2時間が永遠みたいに感じる。
嫌われたんじゃないかと、不安でたまらない。
遅くなると連絡をもらって、待ち切れずに勤務先近くまで迎えに行くのも高頻度でやってしまう。

今まで彼女はこういう俺を笑顔で、或いは仕方ないなあと言いながら何だかんだ受け入れてくれてたから、甘えてしまった。

でも、わからない。
ちゃんと好きになったのも恋人になったのも彼女が初めてで、どう付き合っていくのが正解かなんて知らない。

焦燥感を抱えたまま、俺は1時間半を過ぎたら迎えに行く事に決めて、じっと時がすぎるのを待った。
やがて決めた時間が来て、俺は彼女のいるカフェに向かった。

徒歩10分のカフェは、普段から彼女とよく来ている場所だ。
迷いようもなく辿り着いて、建物の外からアプリでメッセージを送ってみた。

『迎えに来たよ。君の姿、ここからだと見えないな。どの辺りにいるんだ?』

『喫煙席だから、奥まったところにあるの。今片付けて外出るから、待ってて』

喫煙席?
彼女が煙草を吸うところなんて、見た事がないし匂いも感じた事がない。
ずっと一緒にいたつもりでも、知らない顔も知らない事もまだ、あるんだな。

脳内でそんな疑問を反芻してると、軽い足音と共に彼女が現れた。
まっすぐにこちらを見てくる瞳には、怒りの色は浮かんでなかった。

「迎え、ありがとう。ごめんね、チアキにキツい事言っちゃったから、頭冷やしたの。
ついでに、今日は久々に喫煙席でゆっくりしてきたよ」

「俺が悪かった。本当にごめん。君、煙草吸うんだな。知らなかった」

「家では吸わないよ。仕事の休憩中に、たまに電子煙草吸うの。
本当はやめようと思ってるんだよね、チアキと長く一緒にいたいしさ」

「え、俺?」

「うん。だって、私達ずっと一緒にいるんでしょ」

禁煙できたら褒めてねー、なんて何でもなさそうに笑って言って、彼女は俺より先に歩き出す。
歩幅を合わせて追いつくと、そっと伸びてきた指先が俺の手に絡んで、恋人繋ぎで手を繋ぐ形に落ち着いた。
数分、無言だった彼女が口を開いた。

「あのね、色々とごめん。サプライズでチケット取ってもらえて、嬉しくて舞い上がっちゃって。
チアキに気遣いできてなかったのは、ほんと良くなかったよ」

「そんなのいいんだ、普段君から大事にされてるのは、すごく感じてるから。
俺が勝手に嫉妬して、嫌な態度取ったのがいけないんだ」

「え、嫉妬って?」

「君、やっぱり気づいてないのか……。
君の好きなバンド、格好いい奴ばかりじゃないか。嫉妬しない方が無理があるよ」

「私がチアキよりもバンドの人達の方が好き、みたいに思っちゃったの?
そんな事ないよ。私が大切なのは、チアキだよ」

「わかってる。ただの、子供っぽい嫉妬だよ」

ぎゅう、と彼女の指に力が込められた。俺を離さない、と言ってるみたいに。

「ねえ、チアキ。ルール、決めておこう?また喧嘩しても、仲直りできるように」

「うん、俺もそうしたい。どんなルールにするんだ?」

「喧嘩して、どっちかがその場から離れたら、残った方は迎えに行くの」

「うん、それから?」

「迎えに行った帰り道は、手を繋いで帰ろう?今日みたいに」

「うん。俺も、それがいい。あと、」

チュ、と一瞬かすめるだけのキスを唇に落とす。

『帰ったら、この続きがしたい』

そう囁いたら、彼女の耳朶がほわりと朱を刷いたのが、たまらなく愛おしかった。

 

 

fragrance

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
:本編ネタバレあり
・セクシャルな仄めかしあり
・設定ふんわり

 

fragrance

部屋を訪れてから感じてた、かすかな香り。
ソファで隣に座って、その甘い香りの源が彼女だと気づいた。

「君、お菓子作ってた?美味しそうな匂いがする」

「ううん、今日は作ってないよ。香水かな」

「香水?」

「そう、友達と出かけた時に買ったんだ」

確か、ちょっと前の休日に彼女の帰りが遅かった時があった。
そういえば、友達と会ってきたって言ってたっけ。

立ち上がった彼女が、寝室から小さなボトルを持ってきて見せてくれた。

「店頭で試した時は好きな感じだったんだけど、肌に乗せたら違うなあ」

「そう?」

俺はいい香りだと感じているけど、彼女は違うらしい。
見せてもらったボトルには、何やら色々と香りの成分が書かれてる。

「うん、私には甘すぎていまいちかな。
朝つけて何時間も経つのに、あんまり匂い薄まってないし」

「バニラ……いや、キャラメル、かな?」

「ひゃっ、首筋嗅がないで!くすぐったいからっ」

スン、と彼女の首筋に顔を埋めて匂いを確認しただけなのに、すごい勢いで逃げられた。
ちょっと拗ねそうだ。
じと、と彼女を睨んで恨み節に呟く。

「そんなに逃げなくてもいいだろ……」

「くすぐったかったの!うーん、いっそほんとにお菓子作ろうかな」

「急だな、どうしてまた」

「バニラエッセンスの匂いで上書きしよっかなって。
パウンドケーキ焼くけど、ドライフルーツとバナナ、チアキはどっちがいい?」

「そうだな……ドライフルーツかな」

「わかった、準備するね!」

そんなやりとりの後、小一時間してパウンドケーキが焼き上がった。
バニラとバターの香りがあたりに充満して、確かに彼女の香水の匂いは紛れてわからなくなった。
その後は焼き立てのパウンドケーキをひとかけずつ味見したり、残りは冷ましておく事にして2人でランチの準備をしたり、何だかんだで香水の件は忘れ去られた。


また別の日、また彼女から香りがした。
隣に座った時はわからなくて、お茶を淹れ直すのに席を立った時にふんわりと香った。
ただ、香水や柔軟剤みたいにわかりやすいものじゃなくて、彼女自身の肌の匂いが少し強まったような。

「君、なにかつけてる?」

「すごいねチアキ、わかるんだ。そう、前とは別の香水つけてるよ。
これは、自分の肌の匂いがするんだって」

そう言った彼女はタタッと寝室に駆け込んだと思ったら、かなり小ぶりなボトルを見せてくれた。
フルボトルだとそこそこ値が張るので、ネットで量り売りをするサイトからお試し購入したらしい。

首筋を嗅ごうとしたら、そっと首をそらした彼女に躱された。

「今日は首筋じゃないとこにつけてますー」

いたずらっぽく、ニコッと笑われた。
弱ったな、文句を言おうにも笑顔が眩しくて言えなくなった。

「どこにつけてるんだ?」

「んーと、肘の内側。ほとんど服の中なのに、チアキよく気がついたね」

「君の肌の匂い、好きだからな」

「……!こ、コメントしづらいよ」

照れ隠しで、目を逸らされた。
赤く染まった耳朶がかわいくて、チュッとキスを落とした。

「ち、チアキ!」

「君がかわいいのがいけない」

お咎めを受けないうちに、座らせた彼女の肩を抱いて引き寄せた。

「うん、君の匂いがする。この前のはいまいちって言ってたけど、今日の香水は気に入ったのか?」

「うーん、今日のはね。自分がどんな香水が似合うか知りたくてつけてみたんだ」

「香水もいいけど。俺は、普段の君の肌の匂いが好きだな。あと、君の作るお菓子の香りも」

「……そうやって無意識に口説くの、私だけにしてね」

君にしかこんな事言わない、と言いかけたセリフは彼女からのキスにかき消された。

 

 

proof of love

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
:本編ネタバレあり
・セクシャルな描写あり(行為の描写は回想にちらっと程度)
・ほぼ女攻め描写ばかり(苦手な人は逃げてください)
・設定ふんわり

 

proof of love

 

――やってしまった。

(なんて事をしてしまったんだ……!)

後悔が脳裏を駆け抜ける。
手当をしようにも、相手は熟睡していて、起こしてしまうには忍びない。

(どうしよう。こんな事になるなんて)

彼女の両肩には、俺の十指が食い込んだ痕がくっきり残っていた。

昨夜、そういう雰囲気になって、ベッドにもつれ込みワンラウンドをこなした。
その後、高揚が収まらない俺に彼女がその……、手を尽くしてくれて。
諸々含めてすごく善かったけど、彼女に可愛がられた時にちょっと我を忘れてしまう瞬間がいくつかあった。
後始末を終えてから簡単に着替えて、2人して眠りに就いたのは覚えてる。

(せめて、寝る前に言ってくれれば……!!いや、気づいてなかったのか?)

俺が起きた時にキャミソールを着た彼女がころりと寝返りを打って、それが朝の光に照らし出されて気づいたのがついさっき。
白い肩口の背中側に、ちょっと血の滲む痛々しい傷痕。
それをつけたのが俺だっていう事実が、ものすごく後ろめたい。
普段からやや深爪気味くらいに短く整えていたのに、それでも食い込んで痕になるって……彼女、きっと相当痛かったんじゃないか?

青ざめて俯く俺に全く気づく事もなく、規則正しく心地よさそうな寝息を奏でてる彼女。

(申し訳ない……)

女性の肌になんて事をしでかしてしまったんだろう。
慙愧の念に堪えない。

手を伸ばして、背に流れる彼女の髪を撫でた。
サラサラの手触りが心地いい。
彼女は髪も肌も、きちんと手入れしてる。
そんな彼女に対して、本当にひどい事をしてしまった。

「んん……?おはよ、チアキ」

やや、寝ぼけたような舌っ足らずの声が俺を呼んだ。

「おはよう……いや、その、ごめん!!」

「んぇ、、、なに?なんか、あったの?」

挨拶もそこそこに、バッと頭を下げた俺に、彼女はきょとんとする。
眼をこすりこすり、あくび混じりに身体を起こして俺に向き合ってくれたが、頭上には疑問符が浮かんでるのが見えるようだ。
そりゃそうだろう。
起き抜けに主語もなく謝罪されたら、誰だってわけがわからない。

「俺、君にその、昨夜……ひどい事をした」

「うん……?どっちかっていうと私じゃない、それ」

「そうじゃなくて、そういうアレじゃなくて!」

ぽやんとした口調ながら、あけすけな内容を述べた彼女に俺は赤面した。

(確かに、散々焦らされたし言葉でいたぶられたし何度も何度もイかされたけど!!)

「ごめん、された覚えがないや」

「君の肩に、しがみついたろ?たぶん、その時に引っ掻いてたみたいだ。ごめん!!」

「あー、そういえば。うん、言われてみればちょっと痒い?かも」

「……って、そんな反応?」

肩に手をやって、傷を確かめた彼女の反応は薄い。

「あとで鏡で見てみるよ。別に痛くなかったし、まあ大した事じゃないって」

「でも俺、女性の君にこんな、」

「故意にじゃないし、気持ちよかったから力入っちゃったんでしょ?しょうがないよ」

ぽんぽん、と俺の肩を優しく叩いた彼女は、そのまま薄着の胸に俺を抱きしめた。

「き、君、服まだ着てないだろっ」

「キャミソール着てますー」

「屁理屈言わないでくれっ!」

慌てる俺と、もはや大物感すら出てる彼女の落ち着きの対比が、何だかひどい。
もう、本当に色々と居たたまれない。
身の置き所がない心地なのに、頬を埋めた柔らかい感触にちょっとうっとりしてるし、反応しかけてる。
男ってのはこれだからどうしようもない……。

「こんなの、勲章みたいなものだもん」

だから気にしないで?
と額にキスされて、キャパオーバーな俺は漢前すぎる彼女の胸に熱くなった顔を埋めた。