Deep and abiding

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・かっこいいチアキは不在です(涙腺緩めなチアキはいます

 

Deep and abiding

 

「そうだなあ、ミートローフでしょ、ミルフィーユ鍋でしょ、
チキンのクリームシチューでしょ、エビグラタンも好きだな」

「ビーフシチューもだろ?」

彼女の好きな料理を訊ねてる最中。
一緒に食事に行った時、オーダーした事がある料理を言ってみた。

「うん、そうね。でもチアキ、無理しなくて良いんだよ?」

「君の好物を作れるようになりたいんだ」

そう言った俺は、鶏肉以外の肉を食べるのは苦手だ。
ほぼ口にしないから、処理や扱い方もあまりよくわかってない。
その辺りは調べたり、練習あるのみだと思ってるけど。
そんな俺に気遣ってくれる彼女の声はどこまでも優しい。

「気持ちは嬉しいんだけど、私だけ食べられるメニューって、チアキしんどいでしょ。
別々のものを作るのもあれだし。チアキの得意な料理、私好きだよ?」

「そう言うけど、君は俺にしてくれてるじゃないか」

「あー、あれは私が食べたいから別メニュー用意してただけ。
そんなに手間も掛からなかったし」

そういう今だって、彼女が飲んでるのは紅茶で、俺のはカフェオレで、どちらも彼女が用意したものだ。
本人曰く『きょうだいの一番上だからかな』だそうだけど、誰かといると自然と世話を焼きがちというか。
彼女には、さりげなく他者の事を気遣うスキルがある。

「だったら俺だって同じようにしたいよ」

「んー、チアキがそうしたいなら任せるけど。ずいぶん、こだわるね」

彼女は、どれだけの事をしてくれてるか自覚がないらしい。

「君にしてもらってきた事、全部かけがえのないギフトだと思ってる。
だから俺も、ちゃんと君に報いたいんだ」

とても返しきれないほどのものを、もらってきてるけど。
それでも、少しずつでも良いから君にも俺から与えたい。
そう願ってやまないなんて、きっと知らないんだろうな。

「ギフトって言われるほどの事じゃない気がするけど……
あのね、私だってチアキからもらってるよ?」

「え?」

「どんなにチアキが大切にしてくれてるか、優しくしてくれてるか、愛してくれてるか。
私、ちゃんとわかってるよ」

「君は……君、ってひと、は」

視界がにじんで、ぼやけた。
乱暴に目元をグイと拭ったら、彼女が俺の手を退けて、指先で涙を優しく払ってくれた。

「こすっちゃダメ、赤くなっちゃうよ」

「ごめ、こんな、俺」

「いいよ」

斜向いに座っていた彼女が立ち上がり傍らにやってきて、そっと抱き締められた。
しゃくり上げる俺の背を、彼女はいつまでも撫でてくれた。


涙が乾いて落ち着いた頃、俺は改めて口を開いた。

「……ちゃんと、色々と君に伝わってるのはわかったけど。
それはそれとして、君の好きな料理はマスターしたいよ」

「あはは、なんかチアキらしいね。それなら私と一緒に料理、勉強すればいいんじゃない?」

「いいのか?」

「うん、お肉の処理は私がすればいいし」

「それだと、俺が料理をマスターしたって言えなくないか?」

「もう、細かい事はいいじゃない。2人で楽しく料理しようよ」

ケラケラと明るく笑う彼女の提案した解決策は、後日採用された。
2人で作ったチキンのミートローフは、すごく美味しかった。

 

 

HAPPY BIRTHDAY

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・セクシャルな描写あり
・やや女攻め(女性優位)っぽい描写少しあり

 

HAPPY BIRTHDAY

 

「ねえ、今日はチアキのものを買いに来たんでしょ?」

彼女の好みのコーナーに足を向けかけて、腕を引かれて止められた。

「あ、そうだったな」

今日は俺の誕生日で、出かける前に彼女から欲しい物を訊かれた。

『今日一日、君に俺のお願いを何でも叶えて欲しい』

『それはそれで善処するから、ちゃんとほしいもの教えて?』

手料理とか膝枕とか色々言った気がするが、彼女はそれらを諾として、こう言った。

『あのね、それはそれで全然構わないよ。私が訊きたいのは、プレゼントとしてほしいものの事』

『ああ、わかったよ。それなら、君と本屋に行きたいんだ』

かくして俺の願いは聞き届けられて、今2人で書店に来てる。

「音楽雑誌とかゲームの情報誌とか、それは私が自分でほしい時に買うからいいの」

ぐいぐいと腕を引かれて、さっきまでいたコーナーから離される。

「さあ、チアキの好きな本のところに行こ?」

「そうだな、洋書と和書で2~3冊欲しいのがあるんだ」

「オッケー、行こう」

店内を回り、俺の欲しい数冊は難なく集まった。

「お会計は私ね」

さっと数冊の本を取り上げると、彼女はレジに向かってしまう。
あ、一応贈り物の包装をかけるよう頼んでくれたみたいだ。

「私が運ぶから!」

結構な重さがあるのに、そう言ってきかない彼女に押され、荷物を任せる格好になった。

「チアキが持つのはこっち」

彼女から差し出された左手を握って、帰路についた。
歩きながら、彼女が俺に問いかける。

「それで?一緒に書店には行ったでしょ。手料理は用意してあるでしょ。
膝枕は出てくる前にしたし。あとは、したい事ってある?」

「キスとハグ。君からして?」

「帰って、手洗いとうがい済ませてからね」

「あとは、君の作ったケーキ。一緒にデコレーションしたい」

白いクリームの塗られた丸いケーキが冷蔵庫に鎮座してたのを俺は目敏く見つけてた。
なんで装飾がないのかを訊ねたら、型崩れを防ぐために食べる直前にデコレーションする気だったと言う。

「いいけど、ずいぶん可愛いリクエストだね」

「可愛いって……、やった事がなかったから、やってみたいんだ」

「うん、いいよフルーツもそれ以外も一通り用意してあるから」

話してるうちに、家に着いた。
約束通り、手洗いとうがいを済ませた彼女からのキスとハグは抜かり無くしてもらう事にする。
抱きついて俺を見上げる彼女に愛しさがこみ上げて、抱き返して俺から何度もキスしてしまった。

「ちょっ、今チアキのターンじゃないでしょ……んん」

「いいだろ、少しくらい」

チュ、とリップ音を立てて唇が離れた。

「少しにしては長いよ、ちゃんと、キスさせて?」

たしなめられて、彼女からのキスを受け止める。

啄むようなバードキス。
唇の中心、上唇のてっぺん、両方の口の端。
くすぐったくなってきたところで、両頬へキスを落とされる。
それから両瞼、首筋、顎先にまで唇が落とされて。
最後に唇に、ちょっと大人のキスを贈られる。
これ以上していたら、その先を求めてしまいそうになる絶妙なタイミングで彼女からのキスは終りを迎えた。

「おしまい。はい、これ」

さっきまでの雰囲気がうそのようにさっぱりした表情の彼女に、書店で購入した品々を渡された。

「ありがとう。これは?」

包装された本の上に、見慣れぬ小さな包みを見つけた。
これも綺麗にラッピングが施されている事から、彼女からのプレゼントらしい。
いや、むしろこのプレゼントが本命な気がする。

「開けてみて?」

彼女の、いたずらっぽい笑顔。
こういう時の彼女には期待していいはず。

心は逸って、でも乱暴に破かないようにそわそわとラッピングを外して、出てきたのは。
レザー製の、名前の刻印された栞だった。何かのマークも刻印されてる。

「それね、名前の刻印と、その人が生まれた夜の月の形の刻印できるの。
どうかな……?」

「ありがとう。これ、世界で俺だけのための、栞?」

「うん。人気あるみたいだから早めに頼んでおいたの」

ふふ、とサプライズが成功した事に喜ぶ彼女が密やかに笑いを零した。

「じゃあ、ケーキ出してデコっちゃう?それとも、ごはん食べた後がいいかな?」

くるりと踵を返して、キッチンに向かいかけた彼女を背後から抱き留めた。

「チアキ?」

「君は、すごいよ」

仕込みの様子から、この後の食事もきっと俺の好きな料理ばかり出してくれるんだろう。
俺の「今日一日、俺のお願いを何でも叶えてほしい」なんて無茶振りに、丁寧に且つ期待以上に答えてくれる人なんて、君以外いない。

子供の頃以来、きちんと祝ってこれなかった分まで満たされる勢いで、過去が彼女に染め替えられてく。
ドキドキして、胸がきゅうとなって、その事がものすごく嬉しい。

「ふふ。お誕生日おめでとう、チアキ」

肩越しに振り返った彼女が、俺の唇にふんわりとキスを贈ってくれた。
そのまま深くなっていく口づけに身を任せて、腕の中の彼女を反転させて抱き締めた。
抗われる事はなく、抱き返され彼女は俺の全てを受け入れてくれる。

(ケーキのデコレーションと食事は……後だな)

ぼんやりと頭の隅でそんな事を思ったけど、暴かれていく彼女の肌の白さに思考は霧散していく。
彼女の事で、頭も心もいっぱいになっていく。
今日はずっと満たされた気分で一日が過ごせそうで、思わず俺は口角を上げた。

 

 

Vampire

こちらの作品の続きです。

・島を出た後の二人(どのENDでもありません)
・チアキ視点
・主人公に特殊な独自設定あり
・捏 造 過 多
・細部はフワッとしてます
・END3のIFのようなイメージ、闇深めです
・キス止まりですがその手の描写はあります
・女性優位というか女攻めっぽい描写多めです
・色々特殊なので何でも読める方以外閲覧非推奨です

 

 

Vampire

彼女がピアスを開けた。
耳朶にじゃない。首筋だ。

「痛くないのか、それ」

「うーん、注射くらいの痛さかな。それより、洗濯バサミで皮膚固定される方が痛かったよ。まあこのくらいは平気」

もっと痛い事も経験がある、と言外に昏い眼が一瞬物語ったけど、それは見ないふりをした。

仕事じゃなく、ふらりと『外出してくる』と告げて帰ってきたと思ったら、彼女の首筋にピアスが鎮座していた。
今いる場所は日本の外のとある国で、彼女の友人の住まう地でもあるらしい。
その友人に頼んで開けてもらったのだという。

「そんな事、わざわざしなくても……」

「いいの、単なる趣味だもん。私の身体なんだから好きにするの」

にこりと俺に微笑んだ貌がとても魅力的で、それ以上何も言えなくなった。

「ああ、いいね。チアキ、いい表情してる。好きだよ」

いい表情ってなんだよ。
君が俺のものじゃないような気がして気が気じゃなくて、
それでいて笑顔に魅了されてやまないって、そんな情けない顔がいいのか。
でも、そんな戯れに向けられた言葉すら嬉しい。
というか、君から向けられるならどんなものでも嬉しいんだ。

柔らかく口づけられる。
彼女のキスは優しく、もどかしい。
いや、本当は翻弄するように俺を天国へ導くキスもそれ以上もできる彼女だ。
今は、いいように遊ばれてしまってるだけ。

「なぁ、もっと」

「えー、なぁに?ふふ」

焦れて強請った俺をスルーした彼女に、ぺろりと唇全体を舌でなぞられる。
それからまた、柔らかにバードキスだけ繰り返したと思ったら、蛇のような舌に絡め取られた。

(このまま、ひとつになってしまえばいいのに)

絡まる舌も、愛撫するように俺の指に絡んできた指先も、全てなにもかも。

あの日、彼女に連れられて日本を離れて、それ以来各地を転々としてる。
暮らす家や部屋は小綺麗で、いつでも空虚な佇まいをしていて、そして俺達だけの空間だった。

『チアキのしたいようにしていいよ?どんな手を使っても護るから』

2人で転々と暮らしていく事ができる程度に、彼女は金銭的には困らないという。
加えて、もし俺が外で働きたいなら自由にしていいと言われた。
だけど、俺は首を横に振った。

『いや……外ではやめておくよ』

『そう?わかった。ああ、ネット経由でお仕事するなら都度名義とかは変えてね』

どんな手を使っても、と告げた時の彼女の眼の強さに気圧された。
彼女は俺以外の命を散らす事には全く躊躇いがない、と言っていたから。
それに、自由にしていいという言葉がひどく怖くて、俺は彼女の用意する住まいに篭る事を選んだ。
時折、彼女の言いつけを守った形で小金を稼ぎながら、家で彼女を待つ暮らし。

(壊れてしまいそうだ)

彼女が外で”仕事”をしている期間は、当然一人で過ごす事になる。
誰もいない部屋で彼女を待つだけの時間は、数時間の時も数日の時もあった。
戻ってきた彼女は俺を抱きしめてくれる。抱いてくれる。
だけど。本当は常に彼女に愛されていたい。

(そんな事、もう望めないかもしれない)

でも、もうそれでもよかった。
少なくとも、今は一人じゃない。彼女がいる。
これは愛情というより、依存なのかもしれない。
彼女以外何もいらないという、強欲で貪婪で強固な。

「ん、いた」

「あ、ごめん」

無意識に、首筋のピアスに爪を立てていたらしい。
それをきっかけに、唇が離れた。

「どうしたのチアキ、気に入らない?」

「いや、違うんだ」

「いいんだけどね、安定させるより排除痕が欲しいし」

ピアスが固定されず、腫れたりトラブルを繰り返して痕になったものを排除痕というそうだ。
彼女はそれが欲しいという。

「……やっぱり、気に入らないかも」

「ふふ、素直。チアキも欲しいの?ここに」

かぷり、と左の首筋に柔く柔く歯が立てられた。
ゾクリとする。
本能的な恐怖ではなく、彼女に痕を残してもらえる事に歓喜して、だ。

「ああ、もっと噛んで」

「やらしい、チアキ」

ぐっと歯が立てられ、強く吸い上げられた。
きっと数日か一週間程度は、歯型と鬱血痕が残るだろう。
それでいい。
もう、君に縋り付いてるのでも依存でも、どうでもいい。
何も望まないから、君の痕が欲しい。

「もっと。もっと吸って」

じゅ、とキツく吸い付かれた。
口を離した彼女が、悪戯を成功させた子供のように笑み崩れた。

「痕ついちゃった。首の開いた服、しばらく着られないね」

「いいよ、君以外に見せないし」

「それもそうだね。……もっと?」

最初の印象なんて、なにも当てにならない。
頼りないと、どこか幼いと感じてた俺の眼は節穴もいいところだ。
君がこんな妖艶な声音と目線で男を誘う女性だなんて、気づけもしなかった。

「ああ、こんなのじゃ終われない」

今度は噛み付くように口づけられた。
緩慢に彼女によって緩められる着衣がもどかしく、乱暴に自分から脱ぎ捨てていく。

(もっと、魂ごと奪ってくれ)

俺はとっくに、君に堕ちてる。
首筋のピアスは、どうしようもなく似合うと思う。
俺だけの君に。

 

 

 

 

So kiss this one more time

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・セクシャルな描写あり
・女攻め描写少しあり
・設定ふんわり

 

So kiss this one more time

 

「ねえチアキ、私もう帰るんだけど」

「ああ、わかってるよ。明日、君は仕事だもんな?」

「そう。だからね、チアキにそうやってドアの前に立たれてたら、帰れないんだってば……。もう、困ったなあ」

呆れと当惑が入り混じった双眸が、俺をちらりと一瞥した。
島で過ごしていた日々、かなり最初の方から彼女のその瞳が好きだったと思う。
まっすぐに俺を映す煌めきが眩しくて、何よりも綺麗だ。

さて、今の状況を整理しよう。
週末から彼女が泊まって、現在は日曜の午後。
明日も仕事の彼女は、そろそろ自宅に帰らなきゃいけないのはわかってる。
金曜の終業後から日曜の今まで恋人を独占したんだから、大人ならそろそろ満足して然るべきなのはわかる。

だけど、嫌だ。帰したくない。

「困ってる君に、朗報があるよ」

「ん、なに?」

「今からここは、”キスしないと出られない部屋”になった。逆に言えば、キスすれば出られるよ」

「へえ、そうなんだ?知らなかった」

我ながら、突拍子もない事を言ってしまったのがおかしくて、ちょっと笑ってしまった。

ところが、彼女はそれに乗ってきた。
チュ、となんのためらいもなく俺の唇にキスをくれた。

「これで、出られるの?」

「いや、条件がある。数え切れないほどの、俺を満足させてくれるキスをしないと出られない」

「もー、そんな事だと思った……」

くすくすと笑いながら、彼女の腕が俺の首に巻き付いた。
唇に、バードキス。頬に、額にちゅ、ちゅと軽いキスがたくさん。
首筋、耳、鎖骨、瞼。
縦横無尽に、彼女からのキスが降り注ぐ。

でも、まだ足りない。全然、足りない。

「なあ、もっと。もっと、して?」

「欲張りさんだね、チアキ」

「ああ、君に対しては……んっ」

水音を立てて、不意に唇を深く奪われた。
舌を絡め取られて扱くように吸い上げられ、彼女のぬるぬると温かく濡れた舌に頬裏や歯列をなぞるように舐められる。
夢中で、流れ込んできた彼女の蜜を飲み下しながらこちらからも舌を絡める。
たまらなくなって、彼女の腰を手繰り寄せ、より密着できるようにぎゅうと抱きしめる。
不埒に腰から太腿の裏に這わせた俺の左手は彼女によって剥がされ、手首を掴んで玄関のドアに縫い留められた。

(こうしてると、彼女から襲われてるみたいだな)

……そう思うと、ひどく興奮する。

俺は彼女に対する独占欲や支配欲のような感情も強く持ってるけど、同じ欲を彼女にも持っていて欲しくもある。
だから彼女から求められたいし、奪われるように愛されたいと希ってしまう。

抱き合い、俺に深く甘いキスを与えながら、時折彼女は唇を離してクールダウンの時間を取る。
ほんの数秒離れるその時間が、不満だ。
それに。

「なぁ、なん、で」

「んー?ふふ……」

キスの合間に問い質したら、はぐらかされた。
案の定、俺の一番好きな所への刺激はわざと遠ざけられてるみたいだ。
あの甘い舌先で口蓋を舐めてほしいのに、与えられない。
必死で絡めた舌は、なだめるように甘噛みされてる。


ちゅ、チュク、じゅるるっ。

ピチャ、ぢゅうっ、チュ、チュッ。


玄関で反響する、いやらしい水音が交錯して耳を犯す。
性感を刺激して余りある官能的なキスに、気づけば溺れてる。
もう、余裕も虚勢を張る矜持も不要なものとしてかなぐり捨てた。

「ハァッ、なぁ……あれ、して?」

「でも、まだしてない、でしょ」

息継ぎと共に懇願すれば、彼女から謎掛けのような答えが返ってくる。

「なに、を……?」

「数え切れないほどのキス。まだ、してない」

ああ、君はひどい人だ。
やさしく淫らに焦らして、濡らして。
俺が堪えきれなくなってから、ご褒美をくれる、そんなつもりだったんだな。

「も、いいから……っ!」

「ん、そう……?じゃあ、」

ちゅ、とあやすように柔く唇を吸われた後、ちゅるんと彼女の舌が上顎へ滑っていって、待ち望んだ刺激を与えられた。
チロリチロリと嫐るように口蓋を彼女の舌に舐められて、思い切り腰にキた。

「ん、んんぅっ!」

「ふー……、ちょっと、休憩ね」

ちゅぷ、と唇が外されてキスが解かれた。
彼女の右親指が、唾液でべとべとになった俺の唇をそっと拭ってくれた。
彼女自身は、濡れた唇を舌でぺろりと舐め上げてる。
俺を捕食する、しなやかな獣みたいだ。

「それで」

「うん……?」

彼女の瞳の中の俺は、ややだらしなく、とろりと蕩けた顔を晒してる。

「私は、部屋から出られそう?」

ああ、そういう話だったよな。
名残惜しい……。

そろそろ、本当に帰してあげなきゃいけないのはわかってる。
でも叶うなら、このキスの続きとその先まで、彼女と味わいたい。

「ああ、もう出られるよ……ほら」

数秒の葛藤と逡巡の末。
仕方なく、俺はそっと玄関のドアの前から身体を退かした。

ああ、なんだか全身が気だるい。
否、正確に言えば腰から下にかけて甘ったるい倦怠感が纏い付いて、欲を持て余してる。

それに、彼女が帰宅してしまうと思うとどうしようもない寂莫を感じてしまい、やるせない。
ぽっかりと、彼女の形に心に穴が空いたような、そんな気分だ。

「ありがとう。……チアキも、来る?
私の ”お泊りしないと帰れない部屋”」

艶然と微笑んだ彼女が問う。
俺とのキスで、腫れぼったくなった唇が眩しい。
ちょっと遅れて彼女からの言葉の意味を理解した俺の気分は、一気に浮上した。

「ああ……行くよ。でも、その前に」

もう一度、君とキスがしたい。

迎えるように薄く開いた彼女の唇に、我慢できずに荒っぽく喰らいついた。

 

 

My only magician

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

My only magician

 

「……なあ。この後、うちで飲み直さないか?」

「うん、いいよ」

午後から映画を見て、それから買い物に寄り、軽く食事をしてほろ酔いになった帰り道。
艶を含ませた俺の誘いを、健全さ100%の笑顔で彼女は快諾してくれた。

(OKしてくれたけど、これは純然ともっと飲みたいだけな気もするな)

俺と一緒にいたがってくれてるのは知ってるから、そこは嬉しいんだけど。
恋人同士の密事<<<<<美味い酒、っていう彼女の心が透けて見える気がする。
複雑だ。

(なんだろう、思い通りにはリードできてるけどいつも思惑とはズレてくんだよな。君相手だといつもこうだ)

俺のデートプラン通りに事は進んだというのに、ちょっとため息を吐きたくなってきた。
考え事に耽ってしまった俺を咎めるでもなく、彼女は俺の腕を引いて言った。

「ねえねえ、チアキの家に行く前にスーパー寄りたい」

「ああ、構わないよ」

飲み直すという口実をまっすぐ受け取った彼女の事だ、酒の肴と飲むための酒の補填に寄りたいんだろう。
時折俺に話しかけながら、ポンポンとカゴに欲しい物を入れていく様は楽しそうで、見てると心が柔らかくなっていく。
酒と割り物と重めの食材の入ったずっしり重い方の袋は俺が持ち、残りの軽い方の袋は彼女が持って、帰り道を歩く。
歩き慣れたなんて事ない道だけど、彼女と一緒だとなんでも楽しいから、現金なものだな。

やがて辿り着いた俺の家の鍵を、彼女が合鍵で開けてくれた。

「おじゃましまーす」

「はい、どうぞ。って、毎回君は律儀だな」

「家主はチアキだもん。あのさ、キッチンと調味料とか借りていいかな?」

「ああ、もちろん」

交代でレストルームで手洗いとうがいをしながら、そんな会話を交わした。
ありがとう、と笑った彼女が宣言通りキッチンの方へ向かう。
髪を軽くまとめてから、もう一度手を洗ってエプロンを着た姿にちょっとキュンと来た。

(一緒に暮らしたら、こういうのしょっちゅう見られるんだろうか)

あ、いや俺も彼女に料理を振る舞いたいから、毎日なんて贅沢は言わないけど。
見られたら嬉しい。

リビングからキッチンの方を見ていたけど、このままだと妄想をしながら彼女を延々と眺めてしまいそうだ。

(それにしても、何を作ってくれるんだろう)

色々買ってるのは見たけど、何になるのかは見当もつかない。
俺も手伝っても良いんだけど、何を作ったのかは出来上がりを待ちたい気がする。
なので俺はリビングのテーブルにグラスやカトラリーを出したり、彼女の気に入ってるクッションを座りやすい位置にセッティングする作業に注力した。

「チアキ、だいたいできたよ。一緒に運んでくれる?」

「うん、って早いな?」

「今日は簡単なものばっかりだからね。夜だし、さっと食べられるものにしたんだ」

軽く食事してきてるし、ガッツリしたものは避けたらしい。
トマトの何かと、鰹節のかかったブロッコリー。それと、カットされたきゅうりと白い何か。
それに、カナッペらしいものと、一口大にカットされたサラダチキンにはソースがかかってる。

「これで全部?」

「ううん、あと一品。今トースターで焼いてるとこ……、あ、焼けたね」

話しながら、2人で料理を運ぶ。
火を使ったものは少ないという彼女だが、品数は結構なものだと思う。

「見ただけじゃ、なんの料理かわからないな。教えてくれる?」

「えーと、チアキの前にあるのがトマトのナムル。隠し味にはちみつ使ったよ。
ブロッコリーは電子レンジで蒸して、薄めた白だしと鰹節かけただけ。
あとは、ダイスカットしたきゅうりと長芋の塩昆布サラダ」

「こっちのは?」

「いぶりがっことクリームチーズのカナッペ。美味しいから最近ハマってるんだ。
隣のは、サラダチキン切って、上にゆず胡椒と絞ったレモン混ぜたソースかけてる。お酒に合うと思うよ」

「トースターで焼いてたのは?」

「冷凍のフライドポテトあっためて、上にツナとマヨネーズと黒胡椒かけて焼いたの。
ちょっとタバスコかけてもいけるよ。今日のは全部料理っていうか、ほぼおつまみだね」

「いや、充分すごいよ。いただきます」

「はい、どうぞ。私もいただきまーす」

彼女の用意してくれた料理はどれも美味しかった。
あと、なんていうか栄養や俺の好き嫌いも気を使ってくれてるけど、味のバランスもいい気がした。
そして、それぞれが酒と合うものばかりだ。

「この、いぶりがっこ?って美味いな」

「でしょ?漬物って燻すとこんな美味しくなるんだー、って初めて食べた時に感動したもん」

「ああ、クリームチーズとクラッカーとも相性がいい」

今日は、前に飲んだ時みたいにちゃんぽんして飲みすぎたりしないように、種類はハイボールだけ、タンブラーに3杯まで。
と決めて2人で飲んでるけど、肴が美味しいからうっかりすると決めた酒量を超過しそうだ。
気をつけないとな。

「うんうん。よかった、チアキもクリームチーズならイケるかなって出してみて正解だったね!」

「君のおかげでチーズはそんなに苦手じゃなくなったよ。知ってるだろ?」

「うん、そうだったね」

へへ、ってちょっと赤くなる彼女。
なんだよその笑い方。かわいいな。

「耳が赤いけど、どうした?」

「えっ!いや、私がチアキの味覚変えたんだなって思うと、なんか照れるんだよね」

彼女は無自覚なんだろうけど、本当に俺はかなわない。
勇敢で、信念みたいなものを貫く強さと優しさを持ってて、それでいてちょっと危なっかしさと独特のかわいらしさがある。
全部が魅力的で、俺は惹かれてやまない。

「……君は、魔法使いみたいだな」

「へ?」

「短い時間でたくさん美味しいものを作れるのもそうだし、俺の好き嫌いも減らしてくれて、心もくれた。
あと、たくさん幸せにしてくれる。凄腕の、魔法使いみたいだ」

「魔法、って。そんな大した事してないよ?それに、私って勇者なんじゃなかったの」

ああ、あの島でのゲームブックの話か。うん、俺も覚えてる。
あの時の、君との日々を懐かしく愛しく思い出す事があるけど、彼女もそうなんだな。
またひとつ、彼女は俺が幸せになる魔法を使ったみたいだ。

「魔法使いタイプの勇者がいいって言ってたから、いいんじゃないか?」

「そういうもの?チアキがいいなら、いいけど」

「俺だけの、魔法使いでいて?これからもずっと」

彼女の指に指を絡めて、恋人繋ぎの形に手を繋いで、少し朱の差した耳朶と、滑らかに白い首筋にキスを落とした。

――ずっと、そばにいるよ。

世界でいちばんやさしい魔法使いは、俺の耳元に愛の呪文を囁いてくれた。