【注意書き】
・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり
「……なあ。この後、うちで飲み直さないか?」
「うん、いいよ」
午後から映画を見て、それから買い物に寄り、軽く食事をしてほろ酔いになった帰り道。
艶を含ませた俺の誘いを、健全さ100%の笑顔で彼女は快諾してくれた。
(OKしてくれたけど、これは純然ともっと飲みたいだけな気もするな)
俺と一緒にいたがってくれてるのは知ってるから、そこは嬉しいんだけど。
恋人同士の密事<<<<<美味い酒、っていう彼女の心が透けて見える気がする。
複雑だ。
(なんだろう、思い通りにはリードできてるけどいつも思惑とはズレてくんだよな。君相手だといつもこうだ)
俺のデートプラン通りに事は進んだというのに、ちょっとため息を吐きたくなってきた。
考え事に耽ってしまった俺を咎めるでもなく、彼女は俺の腕を引いて言った。
「ねえねえ、チアキの家に行く前にスーパー寄りたい」
「ああ、構わないよ」
飲み直すという口実をまっすぐ受け取った彼女の事だ、酒の肴と飲むための酒の補填に寄りたいんだろう。
時折俺に話しかけながら、ポンポンとカゴに欲しい物を入れていく様は楽しそうで、見てると心が柔らかくなっていく。
酒と割り物と重めの食材の入ったずっしり重い方の袋は俺が持ち、残りの軽い方の袋は彼女が持って、帰り道を歩く。
歩き慣れたなんて事ない道だけど、彼女と一緒だとなんでも楽しいから、現金なものだな。
やがて辿り着いた俺の家の鍵を、彼女が合鍵で開けてくれた。
「おじゃましまーす」
「はい、どうぞ。って、毎回君は律儀だな」
「家主はチアキだもん。あのさ、キッチンと調味料とか借りていいかな?」
「ああ、もちろん」
交代でレストルームで手洗いとうがいをしながら、そんな会話を交わした。
ありがとう、と笑った彼女が宣言通りキッチンの方へ向かう。
髪を軽くまとめてから、もう一度手を洗ってエプロンを着た姿にちょっとキュンと来た。
(一緒に暮らしたら、こういうのしょっちゅう見られるんだろうか)
あ、いや俺も彼女に料理を振る舞いたいから、毎日なんて贅沢は言わないけど。
見られたら嬉しい。
リビングからキッチンの方を見ていたけど、このままだと妄想をしながら彼女を延々と眺めてしまいそうだ。
(それにしても、何を作ってくれるんだろう)
色々買ってるのは見たけど、何になるのかは見当もつかない。
俺も手伝っても良いんだけど、何を作ったのかは出来上がりを待ちたい気がする。
なので俺はリビングのテーブルにグラスやカトラリーを出したり、彼女の気に入ってるクッションを座りやすい位置にセッティングする作業に注力した。
「チアキ、だいたいできたよ。一緒に運んでくれる?」
「うん、って早いな?」
「今日は簡単なものばっかりだからね。夜だし、さっと食べられるものにしたんだ」
軽く食事してきてるし、ガッツリしたものは避けたらしい。
トマトの何かと、鰹節のかかったブロッコリー。それと、カットされたきゅうりと白い何か。
それに、カナッペらしいものと、一口大にカットされたサラダチキンにはソースがかかってる。
「これで全部?」
「ううん、あと一品。今トースターで焼いてるとこ……、あ、焼けたね」
話しながら、2人で料理を運ぶ。
火を使ったものは少ないという彼女だが、品数は結構なものだと思う。
「見ただけじゃ、なんの料理かわからないな。教えてくれる?」
「えーと、チアキの前にあるのがトマトのナムル。隠し味にはちみつ使ったよ。
ブロッコリーは電子レンジで蒸して、薄めた白だしと鰹節かけただけ。
あとは、ダイスカットしたきゅうりと長芋の塩昆布サラダ」
「こっちのは?」
「いぶりがっことクリームチーズのカナッペ。美味しいから最近ハマってるんだ。
隣のは、サラダチキン切って、上にゆず胡椒と絞ったレモン混ぜたソースかけてる。お酒に合うと思うよ」
「トースターで焼いてたのは?」
「冷凍のフライドポテトあっためて、上にツナとマヨネーズと黒胡椒かけて焼いたの。
ちょっとタバスコかけてもいけるよ。今日のは全部料理っていうか、ほぼおつまみだね」
「いや、充分すごいよ。いただきます」
「はい、どうぞ。私もいただきまーす」
彼女の用意してくれた料理はどれも美味しかった。
あと、なんていうか栄養や俺の好き嫌いも気を使ってくれてるけど、味のバランスもいい気がした。
そして、それぞれが酒と合うものばかりだ。
「この、いぶりがっこ?って美味いな」
「でしょ?漬物って燻すとこんな美味しくなるんだー、って初めて食べた時に感動したもん」
「ああ、クリームチーズとクラッカーとも相性がいい」
今日は、前に飲んだ時みたいにちゃんぽんして飲みすぎたりしないように、種類はハイボールだけ、タンブラーに3杯まで。
と決めて2人で飲んでるけど、肴が美味しいからうっかりすると決めた酒量を超過しそうだ。
気をつけないとな。
「うんうん。よかった、チアキもクリームチーズならイケるかなって出してみて正解だったね!」
「君のおかげでチーズはそんなに苦手じゃなくなったよ。知ってるだろ?」
「うん、そうだったね」
へへ、ってちょっと赤くなる彼女。
なんだよその笑い方。かわいいな。
「耳が赤いけど、どうした?」
「えっ!いや、私がチアキの味覚変えたんだなって思うと、なんか照れるんだよね」
彼女は無自覚なんだろうけど、本当に俺はかなわない。
勇敢で、信念みたいなものを貫く強さと優しさを持ってて、それでいてちょっと危なっかしさと独特のかわいらしさがある。
全部が魅力的で、俺は惹かれてやまない。
「……君は、魔法使いみたいだな」
「へ?」
「短い時間でたくさん美味しいものを作れるのもそうだし、俺の好き嫌いも減らしてくれて、心もくれた。
あと、たくさん幸せにしてくれる。凄腕の、魔法使いみたいだ」
「魔法、って。そんな大した事してないよ?それに、私って勇者なんじゃなかったの」
ああ、あの島でのゲームブックの話か。うん、俺も覚えてる。
あの時の、君との日々を懐かしく愛しく思い出す事があるけど、彼女もそうなんだな。
またひとつ、彼女は俺が幸せになる魔法を使ったみたいだ。
「魔法使いタイプの勇者がいいって言ってたから、いいんじゃないか?」
「そういうもの?チアキがいいなら、いいけど」
「俺だけの、魔法使いでいて?これからもずっと」
彼女の指に指を絡めて、恋人繋ぎの形に手を繋いで、少し朱の差した耳朶と、滑らかに白い首筋にキスを落とした。
――ずっと、そばにいるよ。
世界でいちばんやさしい魔法使いは、俺の耳元に愛の呪文を囁いてくれた。