【注意書き】
・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
:本編ネタバレあり
・セクシャルな描写あり(行為の描写は回想にちらっと程度)
・ほぼ女攻め描写ばかり(苦手な人は逃げてください)
・設定ふんわり
「はぁ……かわいー」
スマホで動画鑑賞中の彼女が呟いた。
ここのところ、お気に入りのチャンネルに日参するのが日課だから、今日もそれが始まったんだろう。
イヤホンで視聴してるから、俺には音声は聞こえない。
彼女の声だけが聞こえる状態だ。
「ほんっと、かわいいなお嫁さん。いいなあ……」
小声ながらうっとりとした声に、思わずピクッと肩が跳ねた。
いや、よくあるアレだ。
かつて(今も?)日本では社会生活に疲れた、自立した女性が、時に『お嫁さん欲しい』と零してたらしいから。
だから多分、そういうアレなんだろう。
ましてや彼女はお姫様ってタイプではなくて、あの島で看守に誘導されて遊んだゲームブックの”勇者様”ってポジションが異様にしっくり来るくらいだ。
昨今の情勢に相応しくない言い方をすれば、男前。
いや、もはや漢前なところがある。
それも相まって、かわいいものに癒やしを求めるのは摂理なのかもしれない。
(いや、俺にはかわいいと思えるところもあるんだけど。あれは、俺の前限定だったら嬉しい……じゃなくて。
とにかく、こんな事で噛み付くのは、大人げない)
俺はあまりしっかり観た事はないが、そのチャンネルは家族の日常をメインに投稿していて、それなりに有名みたいだ。
夫婦2人と、うろ覚えだがフェレットと何か小動物も飼っていたはず。
全員いわゆるキャラ立ちは強いようだが、中でも彼女が気に入ってるのが、その家族の中の奥さんに当たる人らしい。
彼女いわく「性格がおっとりしててかわいくて面白いし、家事が上手で、最高」との事だが正直面白くはない。
日常生活ではほぼ絶対、会う機会も接点もない人物。
さらに相手は既婚者で同性、そして俺がいるんだし彼女と何か起きるなんて可能性は恐らく万に1つもないだろう。
それでも俺以外の他者に彼女が関心を示して、手放しで褒めてるのはわりと嫌だ。
「……なあ」
「うん?なあに、チアキ」
「俺だって、家事は一通りできる。仕事を在宅メインにして、毎日仕事から帰ってくる君のために掃除や炊事をこなす事だってやろうとすれば可能だ。日本語だとカヨイヅマ、とか言うんだっけ?」
「んん?ああ、通い妻ね。うん、そういう言葉もあるね」
「君のためならカヨイヅマでも何でもやるから。だから、よそ見しないでくれ」
「あー、あのねチアキ。今はさ、推しにはしゃいでるのが楽しい時期で、そのうち落ち着くやつだから。あんまり気に病まないで?」
「わかってるよ。でも、俺以外に君の気を引くものがあるのが嫌だ」
特にその”推し”とかいうやつ、嫌だ。
俺とは別次元に好きでいる感じが、何だかものすごく気に食わない。
狭量に、恋人の心の機微のそんなところまで束縛したいわけじゃないけど、感情が抑えられない。
「……俺には、君だけなのに」
「そっか、わかった。私が悪かったよね、ごめん。
もう今日は観ないから。ね?」
彼女がイヤホンを外しスマホを置いて両腕を広げて、俺を促した。
今日は、っていうのがちょっと引っかかるけど、とりあえず俺の方を向いてくれたからいい。
遠慮なく抱きついて、甘い匂いのする首筋に顔を埋めた。
彼女の手がそっと伸びてきて抱きしめられ、ゆっくり優しく俺の髪を撫でてくれる。
その指先の温かさと快さに、うっとり溺れてたこの時の俺は知らない。
彼女の唇が音を立てずにニヤリと弧を描いて、『やっぱり、チアキの方がかわいい』と呟いた事も。
無意識に彼女の中の獅子を煽ってて、その夜美味しく捕食されてしまう事も。