女神の肝臓と猫

・筆者の強めの幻覚です
・チアキ視点です
・チアキと主人公しか登場しません
・ENDは1か2の想定です(ふわっとしてます)
・かっこいいチアキは不在です
・コメディ寄りです
・エンドレスモードの無限会話いくつかを参考にしてます
・全年齢ですが男女関係の仄めかしや多少のイチャつきは有ります
・かっこいいチアキは多分書けません
※作中の飲酒の仕方や酒量は非推奨ですのでご留意ください。

女神の肝臓と猫

「君の肝臓はどうなってるんだ……?」

「それ100回は言われてきてる」

世界が回転してる。
いや、フワフワしている?
これは、どっちなんだろう。

俺がこんな事になってるのに、ああ、君ときたら。
『お水ちゃんと飲んでる?だいじょうぶ?』なんて、
小首を傾げながら俺を気遣う様はさながら女神みたいだ。
優しい。尊い。肌も唇も艶々してて、キスしたい。

「チアキ、ほらお水飲んだ方がいいよ。首まで真っ赤」

「まだ大丈夫だ、君こそ」

飲みすぎじゃないのか、と言いかけて、彼女を見てある事に気づいた。

「……顔色、変わってないな」

「それもよく言われる。体質なんだよね」

ここは彼女の家で、今は週末の夜だ。
今夜は俺と飲むからとリラックスした格好になってて、
つまりメイクも落としてる。
無加工の涼しい顔でサラッと頷かれて、はあとため息が漏れてしまった。

彼女はずっとこうだ。
あまり普段から不機嫌でいる事はない人だけれど、
飲み始めてからはずっと、いつにも増してニコニコと上機嫌で。
どの酒もまるで、ジュースか水かで喉を潤すように、
すいすいと美味しそうに飲んでいた。

(そんなに度数が高くない酒なんだろうか?)

つられるように、俺も杯を重ねた。
何でもない事のように、おそらく無自覚に相当なハイペースで飲んでいる彼女に、酒が弱いと思われたくなかった見栄もある。
複数の種類の酒と、彼女が軽くつまめるようにと用意してくれた軽食とがマッチして、俺も今に至るまでにかなりハイペースで飲んでしまった。
しかも、彼女が一緒に飲もうと買ってきた紫蘇の焼酎は美味いが度数が高い代物で、それを二人で1瓶、あっさり空けてしまったんだった。
一升瓶ではなくて720mlのものだが、それでもそれなりの量だ。
俺はもうほろ酔いを通り越して、ちょっと朦朧としかけてる。
対する彼女は、顔色も健康的で、機嫌よく穏やかな笑顔のままだ。

(……もういい、彼女がアルコールに強いのはよく分かった)

だけど、一般的な尺度に於ける適正な酒量はとうに過ぎてるはずだ。
まだまだ飲みそうな彼女だが、これは止めた方がいい。

「あっ、チアキどこ行くの?ちょっと、大五郎抱えたら危ないよ!」

俺は、彼女が先程封を切った異常にでかいペットボトル(4リットルだったか?)を抱え込み、立ち上がろうとして失敗し、足をもつれさせてしまった。
ぺたんとその場に臀を落としながら、それでも彼女に宣言した。

「これ以上は飲ませないぞ……」

「わかった、わかったから。もう飲まないから、ねっ?
チアキ、目据わってるよ」

「おれのことはいいんら」

なんだか呂律が回らない。
天井は回ってるのに、これはおかしい。

「とりあえず、その大五郎のボトルは離そう?
もうキッチンにしまってくるから、ね?貸して」

優しく言い聞かせるような口調がまるで子供に向けてのそれで、俺はむっと口を噤む。

「こどもあつかい、しないれくれ。おれはおとなだ」

「あー、うん。ごめんごめん。言い方悪かったよね、
チアキは大人だから、私とお酒飲んでくれたんだもんね」

「そうら」

わかってるじゃないか。

「きみ、きょうはどれらけのんらんら?」

「ええと、缶チューハイ3つとビール1缶。
今日買ってきた焼酎はボトルの半分は飲んだかな?
あとはワイン1杯と、大五郎はまだロックで2~3杯だよ」

「のみすぎらろ……」

いや、及ばずながら俺も彼女と似た酒量ではあるんだけど。
そもそも、ものの2~3時間で焼酎が1瓶なくなるのはおかしい。
その他にも、色んな種類の缶が複数消費されてるし、
挙げ句に彼女は「飲み足りない」とか言ってストックしてるらしいあのでかいペットボトルの焼酎を出してきて飲み始めるし。
この量はおかしいと、彼女にも認識して欲しい。

「まだ限界までは飲んでないんだけどなあ」

のんびりとした口調なのに恐ろしい内容の呟きを耳が拾い、俺は両手で頭を抱えた。
その隙に、彼女は俺の膝にあった酒のペットボトルを取り上げて、キッチンに行ってしまった。
途端にくたりと身体の力が抜けてしまい、俺は床に横倒しに寝転がった。
程よくひんやりしたフローリングが頬にあたって気持ちいい。

「あれ、チアキ寝ちゃった?ああ、起きてるね」

「つめたっ」

ピタッと床につけてるのとは反対側の頬に何かが押し当てられた。
床と違ってかなり冷たい。

「お水だよ。今のチアキ、グラスだと零しそうだからペットボトル持ってきた」

「そんらこと、ない……のめる」

「うんうん、そうだね。身体、起こせる?」

いなすようにちょっと適当な相槌を打たれたのにまたむくれかけたけど、
なんとか上半身を起こした。
彼女に渡されたペットボトルの水を煽り、喉が乾いていた事に気づく。
ソファに腰を下ろした彼女が、ホッとしたように微笑んだ。

「よかった。お水、飲めたね」

「こどもあつかい、しないれくれ」

「そういうつもりじゃないんだけどなあ……ごめんごめん。
お水で体の中のアルコール濃度薄めておいた方が、明日がラクだからね。
飲んでくれてよかった、って思ったの」

「きみ、おれがよっぱらってるとおもってう?」

相変わらず口が回らない。
眠気で思考に靄がかかり、まぶたもちょっと塞がりかけてる。
自分でも酔ってると自覚しながら、俺は彼女に何を訊いてるんだろう。

「いや、まあ……はい」

「おれは、よったきみがみたかった」

「えっ」

「よって、ふわふわするきみがみたかった。
そういうきみから、あまえられたり、しないかなっておもってたんだ」

ずるずると、這うように移動してソファに掛ける彼女に膝立ちで向かい合う。
きょとんと首をかしげた仕草が愛らしい。
衝動のままに、彼女の腰に両腕でむぎゅうと抱きついた。

「ち、チアキ?」

「……それなのに、きみはすずしいかおして。
おれだけこのざまだなんて」

「ねっ、ねえくすぐったい!」

抗議の悲鳴が聞こえたが、おかまいなしにぐりぐりと額を柔らかい太腿あたりに擦りつけた。

「きみからあまえられたかったのに。これじゃ、ぎゃくだ……」

「私、結構甘えてるつもりなんだけどな。それに、逆でもいいんじゃない?」

「よくない……きみには、かっこいいっておもわれたいのに」

するりと、後頭部に温かい指が滑り落ちた。
跳ねた毛先を指に絡めるような仕草が、慰撫するようなやさしい撫で方にだんだん変わっていく。
それが、うっとりするぐらい気持ちいい。

「いつも、かっこいいよ」

柔い、あえかな声音が耳元に吹き込まれて、背筋にゾクゾクと甘い戦慄が走った。

「きみは、ずるい……」

「ずるいかな?よくわからないけど」

くすくすと、忍び笑う彼女の声が心地いい。

いいところを見せたいのに、
甘く囁いて、朱に染まる頬を見て悦に入る、俺だけの特権を味わいたいのに。
さらりと彼女にしてやられて、俺の方が赤面してるなんて。
格好悪いし恥ずかしい。あと、殺し文句を言われて面映い。
……けど、もっと君にしてやられてみたい気もする。

「うぅ」

アルコールで溶けた思考はまとまらなくて、ついでに言葉にもならなくて。
奇妙にひしゃげた呻き声になって、唇からこぼれた。
先程よりちょっと手加減して、彼女の身体に額を擦り寄せた。

「チアキ、猫ちゃんみたい」

「ねこじゃ、ない……きみのねこになら、なりたいけど」

そこまで言って、ふっと気が遠くなるのを感じた。
うん、わかってはいるけど、明らかに彼女のペースに合わせて飲みすぎた。

「え、チアキ?ねえ、チアキ?」

焦った声で呼ばれた気がしたけど、温もりと彼女の柔らかさが心地よくて、
抗いがたい眠気に俺は身を任せていた。

――翌朝。

ソファに突伏するように眠ってた俺には、ブランケットが掛けられていて。
どうにか俺のホールドから脱出したらしい彼女は、シャワー帰りなのか
濡れた髪をフェイスタオルで拭きながらリビングに入ってきた。

「あ、起きてる。おはよう、チアキ」

「おはよう。昨日、ごめん。重かったよな?」

「ふふ、いいよ。足痺れたから、抜け出しちゃった」

「本当に、ごめん……うっ」

「わわ、大丈夫?無理しないで」

正座をして、勢いよくバッと頭を下げたらひどい頭痛が走った。
思わずこめかみを抑えたら、彼女に心配されてしまった。

「宿酔いかな。お味噌汁作ったから、大丈夫そうなら飲んで?
鎮痛剤も飲んだほうがいいよ」

「なんだか、手慣れてるな……」

「いっしょに飲む友達の介抱で慣れてるからねー」

「これからは、俺だけにしてくれる?」

「えっ。なにを?」

「こんなふうに介抱するのは、俺だけにして?」

立っている彼女の片脚に腕を絡めて、太腿に口づけた。
部屋着で素肌が覆い隠されてるのが惜しいと思った。

「ねえ、チアキ。まだ酔ってたりする?」

「かもな。宿酔いだし」

心配と、ちょっとからかうような色の混じる彼女の声。
たぶん、昨日酔った俺が彼女の腰にぎゅうぎゅう抱きついた事を思い出したんだろう。
普段はあんな、力任せで勢い任せな、不格好な真似はしない。
もっとソフトに、スマートに抱きしめてる。はずだ。

「……しょうがないなあ、わかったよ。
でも、次はチアキが酔っ払いすぎちゃう前に止めるね」

細くて長い指がそっと伸びてきて、額から後頭部にかけて静かに髪を梳かれた。
気持ちよくて、思わず目を閉じてしまう。
なんだろう、昨日から(正確には俺が酔ってグダグダになってから)
何くれとなく彼女が俺の世話を焼いて構ってくれて、
ちょっと無茶な事を言ってもだいたい肯定されて、心身共にとても満たされてる。

本当は、アルコールで蕩けた彼女と甘い夜を過ごしたい気持ちもあったんだけど。
やさしい心地いいリズムで頭を撫でられているのが、どうにも心地よくて、
その欲求は今オフモードみたいだ。

(……宿酔いにならないと、こんなふうに構ってはもらえないのかもな)

なんだか寂しくなって、温かい指先に額を擦り付けると、
旋毛にやさしいキスが降ってきたので、俺の不安や寂しさは一瞬で霧散した。

まるで、女神の手のひらで転がされてる猫にでもなった気分だった。