Look at only me

【注意書き】

・END1または2を迎えた後の2人
・たぶん半同棲してる
・本編ネタバレあり
・設定ふんわり

 

Look at only me

 

「~~そうじゃなくて!」

「えっ、嫌だった?」


焦れて、唐突に荒げた声を出してしまった。
本の世界に没入してた彼女は、そんな俺に驚いてる。

彼女がずっと欲しがってた、希少な映画の原作の本が入荷したと嬉しそうに本屋を経由して帰宅してきたのが数時間前。
今日は週末だからじっくり読書に勤しむのだと、入浴や夕食もそこそこに本の世界へ旅立ってしまった。
タンブラーに温かい飲み物も準備して、フワフワしたやわらかそうな部屋着に着替えて、準備万端なのはいいと思う。

(でも、何時間も放置されるのはつらい)

俺自身も本の虫だから、彼女の気持ちは理解できるつもりだ。
ずっと待ってた本って、一気に読んでしまいたいよな。

だから、最初は俺も床のラグマットに座る彼女と並んで本を読んでいた。
好きな作家の原書とか、それなりに話題になってる新書とかいくつか。
でも、せっかく隣に彼女がいるのに。
風呂上がりで温かくて、いい匂いのする彼女がいるのに、全然俺の方を向いてくれない。
さりげなく後ろのソファに移動して髪を触ったりしてみても、何ら反応はない。

(……つらい。少しくらい、構ってくれてもいいんじゃないか?)

島の収容所にいた頃、彼女からのメッセージや彼女との面会を心待ちにするようになって、彼女限定で俺は構って欲しがりなんだと自覚した。
あの事件の前の俺だったら考えられないけど、事実だ。

こんなふうで、よく1年離れていられたなと我ながら思う。
そして、俺の『彼女限定構って欲しくてたまらない病』は、再会してから悪化の一途を辿ってる。
俺以外に彼女の気を引く何か、人であれ物であれ、何らかの作品であれ、そういうのがあるのが面白くない。

いい加減我慢できなくなって、目の前にある彼女の肩をそっと掴んだ。
抵抗されないのをいい事に、そのまま背後から抱きすくめて、うなじに顔を寄せた。
すっと彼女の右手が持ち上がり、そのまま俺の前髪を優しく撫でてくれる。
やわらかな、いつもどおりの手つき。
ただし、視線は悲しいかな本に向けられたままだ。

(き、君って人は……)

器用だなという謎の感心と、撫でてくれた嬉しさとが拮抗して一瞬声が詰まったけど。
もう我慢の限界で、つい声を荒げてしまったんだ。


「違う、撫でてくれたのは嫌じゃないんだ。嫌じゃないけど、それより俺の方を向いてほしかった……」

先程の勢いはなく、自分でも驚くくらい萎れた声が出た。
抑えようにも眉尻が下がるし、これ以上カッコ悪い事を口走らないように口元を引き結んだせいで、なんだか情けない顔になってる気がする。

「あーー……、ごめんね?またやっちゃった、ほんとごめん」

振り返って俺を見た彼女は、立ち上がるとその胸に抱き寄せてくれた。

「いいんだ、待ってた本なんだろ?夢中になるのはわかるよ、でも」

「ううん、2人でいるのに寂しくさせちゃったのはダメだった。チアキ、ごめんね」

彼女にぎゅうと抱き締められて、ホッとした。
実は前にも似たような事はあったんだ。
その時は今ほどじゃなくて、俺がアクションを起こせばちゃんと反応が返ってきた。
今日は、かなりの没入ぶりだったな……。

「もうしない、って言い切れないから今のうちに頼んどくね。
チアキ、私がまたこうなってたら遠慮しないでもっと主張して?」

「……わかった」

「読書、続きはもう明日にするよ。チアキ、膝枕する?ホットミルク飲む?」

わかりやすく甘やかそうとしてくれる彼女に、俺の機嫌はあっさりと上向きになる。
我ながら現金だ。
多趣味で読書家の彼女と一緒にいるなら、今日のような事がまた起こるのはもう仕方ない。
その都度『俺を見てくれ』とあけすけに主張するのは気恥ずかしいけど、そんな事で君が俺を見てくれるなら安いものだと思う。
だから、俺は今目の前に差し出された愛情にめいっぱい胡座をかく事にした。

「ホットミルク、飲みたい。はちみつ入れたやつがいい」

「うん、わかった。膝枕はいいの?」

「ホットミルク飲んでから、してくれないか?」

「いいよ、了解」

宣言通り、はちみつ入りのホットミルクを用意してもらって、その甘さに心癒やされて。
彼女の膝枕でウトウト微睡みながら、綺麗な指に髪を撫でてもらう時間は至福だった。